手が求める場所に道具を置く。江戸指物師に聞く片付けの基本。
撮影・岩本慶三 文・一澤ひらり
野暮と無骨を嫌うのが江戸の粋。江戸っ子の美意識が育んだ江戸指物とは、釘を用いず、木の板を組み合わせて作られる家具や調度品のこと。余計な装飾を排して美しい木目を生かし、すっきりとした姿に気品が漂う伝統工芸だ。
「厚くするのは無骨です。江戸指物は華奢で堅牢でなければいけません。しかも見えないところに精緻な職人技を施しているんです」
と江戸指物師の戸田敏夫さん。指物に使われる木材のなかでも別格なのが桑。とりわけ御みくら蔵島の桑は「島桑」と呼ばれ、独特の深い模様と光沢、しっとりした木肌を持つことから極上とされる。材質が堅く加工するのが難しく、桑を扱える指物師は敬意を込めて「桑物師」と呼ばれている。この道に打ち込んで50年余、いまは島桑専門で仕事をしている戸田さんは、その第一人者だ。そんな熟練の職人の仕事部屋には、新しいものでも30年は経つという島桑の古材をはじめ、ノコギリ、ノミ、玄翁(げんのう)、鉋(かんな)など、昔ながらの道具がところ狭しと並んでいる。
「すべて手仕事ですから、一番大切なのは使いたいときにスッと手に取れるところに道具があること。目で見えるところ、手が届くところ、足が届くところに道具をきちんと整えておくことですね。シンプルですが、それが狭い仕事場で少しでも無駄なく、速く、効率よく仕事できる秘訣なんです」
職人にとって道具は命。親方について最初に教えられるのが道具の手入れや直し方、のみならず自分で道具を作る技術も身につけるという。
「親方は道具に妥協を許しませんでしたからね。道具あっての仕事です。どんな道具を使っているか、手入れをしているか、どんな始末をしているかで、その職人の技量がわかります」
もともと金釘を使わずに建てられた寺社建築の高度な技術を家具に応用したといわれる指物技法だが、指物師の道具のなかでも、緻密、繊細な作業に欠かせないのが鉋。仕事部屋には大きな鉋から親指サイズの豆鉋まで、大小様々な鉋が揃っているが、手元の引き出しには小さい鉋がぴっしりと収まる。ほとんどが戸田さんの手作りだ。
無造作なようだけど、鉋は刃こぼれしないように収納。
「私が扱う島桑は目が詰まって堅いので鉋がけも重労働です。でも仕上げるときはできるだけ指の近くで仕事をしたいから、豆鉋のような小さいものが必要になるんです。角をまるく面取りをするときに使いますが、柔らかくて細やかな表情が出ます。自分に合った鉋を作るのも大事な仕事ですね。刃は注文して作ってもらったもの。雑然としまっているように見えるけど、刃と金具がぶつからないように入れているんですよ。いい加減にはしません」
鉋の刃は消耗品、と戸田さん。毎日丹念に研ぎ澄ますから、刃はどんどん削れていき、やがて付け替えることに。
「木は縦と横の膨張率が違うんです。横のほうが高いから、それを計算してやるわけですけど、全部五感で目見当。何も測らないですね。しかも昔と違っていまはエアコンの生活でしょう。乾燥も見越して作らなきゃ、いまの時代、職人とは言えませんからね」
文字どおり切磋琢磨の日々。伝統の職人技は、実に端正な佇まいの仕事部屋から生まれている。
『クロワッサン』951号より
●戸田敏夫さん 江戸指物師/1951年、千葉県生まれ。伝統工芸士。美術指物師・島崎國治氏に師事し、15年間の修業後、独立。「現代の名工」に選ばれる。