暮らしに読点を打つように。自分で淹れたお茶のある時間
撮影・中野賢太 文・白央篤司
自分のためにお茶を淹れて、飲む。かつては日本中で行われてきたことだが、今では「すっかりペットボトル派」という人も少なくない。確かに片づけがないのは魅力だ。しかし気ぜわしい日常において「お茶が飲みたい」と思ったとき、あえて湯を沸かし、茶葉が開く数分を待ち、淹れたてのお茶を味わうと、意外なほどセルフリセットになることがある。行き詰まっているとき改めて何かに取りかかるにも、一区切りつけて気分を変えたいときにも、お茶は大きな助けとなってくれる。
日本人は特にお茶に関して貪欲だ。煎茶、紅茶以外にも食材店には様々な種類が並ぶ。お茶好きの数だけ、オリジナルな楽しみ方もあり。今回はグルメとしても有名なアクセサリー作家・山本亜由美さんの自宅を訪ね、そのお茶時間に加えてもらった。
右:白央篤司(はくおう・あつし)さん フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆、著書に『自炊力』ほか。クロワッサンオンラインにて「自分でお茶を淹れて、飲む」を連載中。
左:山本亜由美(やまもと・あゆみ)さん アクセサリー作家。「murderpollen」主宰。植物や昆虫、動物などをモチーフに一点もののジュエリーを制作する。
「私は横着ですからねえ、おいしく淹れるとか全然できない。お茶の取材だなんて緊張しちゃう(笑)」。アトリエに着くなりそう言われて、気取りのない人柄が伝わってきた。お茶に対しても構えることなく、フラットに楽しんでいる。
「仕事の合間の気分転換に、昼夜を問わず飲むんです。煎茶も飲めば茎茶、紅茶、中国茶も飲むし、チャイを淹れる日もあれば、ミントティーを楽しむことも」(山本さん)
その日の気分によって選ぶお茶も変わる。山本さんのお仕事はアクセサリーのデザインと制作、細かな作業を黙々とこなし続けるのが日課だ。時折手を休めて茶葉の香りを感じ、チャイのスパイスを潰すなどの時間が息抜きになっている。
「たっぷり淹れて、がぶがぶ飲みたい。だから急須やティーポットも大きめのを選んでしまいがち」
国内の作家ものから海外旅行で求めたものまで、色もデザインも様々な急須が並んだ。和家具をリメイクしたチェストから、次々とお気に入りの茶器を出して見せてくれる。茶に関する道具って、なんと豊富にあるものだろう。買った国も様式も千差万別なのに、不思議と一貫したテイストが感じられ、それが山本さんのキッチンと家全体を豊かに彩っていた。折々の気分に合わせて茶器を選び、手に取ることが心からのリフレッシュになっているよう。
「そう! お茶自体も好きですが、お気に入りの茶器を使うためにお茶を飲んでいるような部分があって。そこが一番大切かもしれない」
山本さんの愛用品
茶器の手ざわりを感じ、盆の木肌のなめらかさにふと心が和む。どれもみな「好き!」と心から思ったものばかり。アメリカや東南アジアの旅先で一目惚れして、重さや手間をものともせず持ち帰ってきたものも。手に取るごとによみがえる、買ったときの思い出、その土地の空気や風、その頃の自分。茶器を含め「好きなものに囲まれて、使って暮らす」というのが、山本さんの生活における悦楽なのだと感じられてきた。
自分で編み出した淹れ方で気楽に、自由にお茶を愉しむ
ここで一杯淹れてもらう。「今の気分では、これかなあ」と小林東洋さん作の急須に手を伸ばし、奈良産の煎茶を選ぶ山本さん。淹れ方にまたオリジナリティあり。「沸騰してすぐだと煎茶には熱すぎるというでしょう。だからせめても、注ぎ口からお湯を入れるんです。ちょっとはぬるくなるかなって(笑)。自分で飲む分には面倒じゃないのが一番だから」。気楽なお茶との付き合い方に、そしていつものやり方を見せてくれる飾らなさに、心ほぐれる思いになった。お茶を注ぐとき、下に敷いた布がまたいい風合い。来客のときは、茶器以外の小物やうつわもいろいろと使って自分も遊び、もてなしともするのが常だそう。「茶器が欠けてしまったら、カトラリー立てにしたり花器にしたり」、転じてどう使うか考えるのも楽しい。心から惹かれたものだけを選び、選んだら大事に使い続ける。山本さんにお茶を淹れてもらったら、そんな思いが伝わってきた。
『クロワッサン』1151号より
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