永瀬正敏さんが語る、映画『おーい、応為』──「死ぬまで画欲を持ち続けてきた葛飾北斎。僕も同じ気持ちです」
撮影・小笠原真紀 ヘア&メイク・TAKU スタイリング・渡辺康裕 文・黒瀬朋子
ある時は恐ろしい気迫を発し、ある時は素朴な空気を纏う。永瀬正敏さんが画面にいると映画の奥行きが広がるようだ。最新作『おーい、応為(おうい)』(大森立嗣監督)では葛飾北斎を演じた。
「いわゆる“画狂老人”の面だけではなく、娘の応為や周囲の人たちとの人間関係を主軸に描いているところが新鮮でしたね」
鼻っ柱の強い応為を演じたのは長澤まさみさん。画才がありながら父のサポートに徹するが、顔を合わせると激しい口喧嘩。父娘の、言葉とは裏腹に互いを思いあう姿がなんとも愛おしい。
「二人は似たもの同士なんですよね。洞察力があって、相手の気持ちも汲み取れる。ただ、言葉が足りない。不器用で伝え方がヘタクソなんです」
劇中は、当時同様、自然光のみの薄暗い長屋で、夢中になって描き続ける北斎らの姿が映し出される。描くシーンも吹き替えなしに行ったそうだ。
「天才絵師の役ですから、せめて絵を好きになりたいとひたすら描いていました。ただ、筆一本で格子や波模様を描くのはものすごく難しいんです。現場には絵の練習ができる場所があって、撮影期間中も自分のシーンが終わるたびに通い、先生に習っていました」
北斎は85歳を過ぎても「猫一匹まともに描けない」と嘆き、死ぬまで画欲を失わなかった。その気持ちは永瀬さんもよくわかるという。
「先日、僕は長澤さんが生まれる前からこの仕事をしていたことに気づいて愕然としました(笑)。デビュー当時から気持ちは変わっていません。毎回120%力を尽くしてやっていますが、完成作を観ると粗ばかり見えて『すみません! 次はもっとうまくやりますから』と反省してばかりです」
永瀬さんほどの実力がありながら、驚くほど謙虚である。
「こんなはずじゃなかったんです。40年も俳優をやっていたら、余裕たっぷりにできるようになると思っていたのに、全然違いましたね(笑)」
先日出版した『NAGASE Nagase Stands On That Land ある俳優に関する考察』では、アジアや欧米、中東など、海外での撮影体験を主に語っている。日本の常識が通用しない現場でも楽しもうとしてきた姿が垣間見られる。
「英語が話せないとかツテがないというような理由で海外の作品に出るのは無理と思ってしまっている人たちに、『諦めないで』と言いたくて出版しました。こんな僕でもやってこられたのだから、と伝えたかったんです」
数々の映画の神様に愛されてきた名優は、映画愛を全方位に放っている。
『クロワッサン』1151号より
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