【俳優・伊藤沙莉さんに聞いた】“真心”を風に乗せて、実現させた沖縄産ラム酒──映画『風のマジム』
撮影・石井孝典 スタイリング・吉田あかね ヘア&メイク・岡澤愛子 文・兵藤育子
伊藤沙莉さんといえばNHK朝ドラ『虎に翼』で演じた、日本で初めて法曹界に飛び込んだ女性の役が記憶に新しい。原田マハさんの小説を原作とする映画『風のマジム』も、実話を基にした女性の奮闘物語なのだが、そのキャラクターはだいぶ異なる。
「ここ最近、自分の力を発揮して道を切り拓いていく女性を演じることが多かったのですが、今回はあまり欲のないタイプ。ある意味消極的ですし、自分の魅力に気づいていないところが、むしろ面白いなと思いました」
タイトルの「マジム」とは、沖縄の方言で「真心」のこと。伊藤さん演じる、主人公の名前でもある。那覇で豆腐店を営む祖母と母と暮らす伊波まじむは、通信会社の契約社員として雑用をこなす日々。夢や目標も特になかったが、社内ベンチャーコンクール募集のチラシを見つけ、日頃のバー通いをヒントに「純沖縄産ラム酒」を作る企画を思いつく。
「これはいろんな条件が合致して、まじむの人生が動き始めた瞬間をとらえた物語ともいえます。彼女には運のよさもあるのですが、何となく得た知識や情報をどう発展させられるかが、その人の才能だと思うんです。そういう流れって、きっと多くの人に実は訪れていて、気づくか気づかないかで人生は変わるもの。率先してというより、柔軟に導かれるままに食いついているのが、まじむの素敵なところですね」
ようやく見つけた彼女のやりたいことに、意外にも難色を示すのが、最も身近な存在で、いつもは優しい祖母。食を扱う商売の重みと責任を知っているからこその厳しさなのだが、高畑淳子さん演じる祖母、富田靖子さん演じる母、そしてまじむという女三代の家族の描き方も、それぞれの立場に感情移入してしまう。
「おふたりといると空気がガラッと変わって、“演技をする”という意識から解放されるような感覚になるんです。なんだか妙に落ち着いちゃって、大先輩の前で本当の家族みたいに寝っ転がっていました(笑)。この物語が醸す温かみの大きな柱といえるおふたりとのシーンは、いい緊張と弛緩が相まっていました」
経験もコネもなく、「ラムが好き」「沖縄が好き」という思いだけで動き始めたにもかかわらず、風のように人々を巻き込んで、夢の一員にしてしまう気負いのなさが心地よい。
「私にとってまじむは、フラットな状態でいることで一番近づける気がして、力を抜いていられる人でした。人との出会いや、好きなことを追求する様、家族の温かみなど、彼女の名前に込められた意味が詰まった映画になっていると思います」
『風のマジム』
「沖縄のサトウキビからラム酒を作りたい」と、社内のベンチャーコンクールを活用してビジネスを立ち上げ、契約社員から社長になった金城祐子さんの実話を基にした、同名小説の映画化。
原作:原田マハ
出演:伊藤沙莉、染谷将太、滝藤賢一、富田靖子、高畑淳子
9月12日(金)より東京・新宿ピカデリーほか全国公開
『クロワッサン』1149号より
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