『ふくふくまんぷく』碧也ぴんく 著──美味しい料理は誰もの人生を照らす、昔も今も
文・南天
昔から何かを復元、再現する試みが好きだった。文化財の分解修理、X線で浮かび上がる下絵の痕跡、史実に残る食事の再現。過去と現在をつなぐ魔法のような技術の数々に目を奪われてきた。
再現といえば大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK)での江戸文化の描写がとにかくすごい。浮世絵の専門家を招いて版木をイチから彫る映像だけでも丼飯がおかわりできる。毎週楽しみに視聴する1ファンの私だが、ご縁があり『クロワッサン オンライン』で連載中のドラマレビューに絵を添えるお手伝いをしている。(本文担当はぬえさん! 大変熱いレビューです! 書評の半ばではございますが、隅から隅までずぃーっと、希い上げ奉りまする!)
大河ドラマは史実がベースなので、同時代人として長谷川平蔵、そう、小説や映像作品でおなじみの鬼平が登場する。作中の料理描写にハマった頃、「近所に五鉄(馴染みの軍鶏鍋屋)があれば……」などと独りごち、江戸料理の本をうっとり眺めていた。本を開くと、江戸の生活が小鍋仕立てでくつくつ湯気をたて、食のしあわせは昔も今も変わらないと教えてくれた。
今回ご紹介する『ふくふくまんぷく』は、そのしあわせを存分に描きだしたマンガである。
舞台は江戸後期。先述の『べらぼう』より後の世。幼い頃に母を失い、侍だった父にも先立たれた健気な娘が、借金返済のために料理茶屋へ……という、まさに時代劇のような話と思いきや! いや、そんな設定だからこそ! 現代の女の子たちと変わらない、おふくのポジティブな人柄が活きるのだ。
とにかくおふくは負けてない。「詰み」の状況に取り巻かれても、父母から受け継いだ料理と自立の道を絶対に諦めない。
「あすこに行けばうまいものが食えて 幸せになれて」。おふくが米をとぎ、鰹節を削る姿に光が差す。彼女の料理をひとくち頬張れば花が舞い、箸で摘んだ料理の感触や温度までもが読者に伝わる、その絵の説得力たるや!
それもそのはず、おふくの料理は作者が文献から再現した上で描かれている。本で読んで憧れた「玲瓏豆腐」の登場には心が躍った! 食べる人の口福を願っただろう江戸の料理人と共に、親愛の情を盛りつけたような場面だった。おふくの料理を食べる人が微笑むと、この世にしあわせがひとつ増え、彼女も自分の道を照らすことができるのだ。
もちろん、明るい面だけではなく、暗闇も挟まれる。困窮や搾取など今も答えの出ない問題に、様ざまな年代の女性が立ち向かう姿、おふくの生きる世界を丁寧に紡ぎ出した1巻からシスターフッドが覚醒する2巻への流れが! 好きすぎる! どのコマも毎朝眺めたら元気に生きていけそうで、プリントして壁に貼りたいくらいだ。本編でぜひ見てほしい。
昔も今も、食べれば、いつか必ず歩き出せる。人生を支える食の力の普遍性を、再現した江戸料理で温かな膳に仕立てた『ふくふくまんぷく』、冷めないうちに、どうぞご一読を。
『クロワッサン』1142号より
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