木内昇さんと風情豊かな「お江戸東京文学散歩」
撮影・黒川ひろみ 構成&文・中條裕子
暮らしのすぐ傍に不思議が潜む江戸の風情を感じて
木内昇さん(作家)
『鐘ヶ淵』と奥浅草
江戸随一の景勝地は不思議譚のひそむ奥浅草
賑やかな場所のすぐ傍に狐狸妖怪が潜んでいる——そんな江戸の不思議譚にたまらなく惹かれる、という木内昇さん。中でも、自身が江戸を舞台にした小説を書く際にも参考にしているのが、大正から昭和にかけ活躍した作家・岡本綺堂だ。
「綺堂は浅草を舞台にして描くことが多くて。昔語りを物語の導入とし、江戸の頃の話が始まるのですが、彼は実際にその時代を見てきた記憶がある。当時の言葉使いも覚えているので、生き生きとした江戸弁を空気感もそのままに読めるのがいいんです」
そう語りながら木内さんが案内してくれたのは、奥浅草にある待乳山聖天。平坦な地が続く浅草周辺の高台にあるため、江戸時代にはここから隅田川を眺めることはもちろん、富士山や筑波山まで見晴らせたという。
「待乳山は浮世絵にもよく描かれていますが、女性を連れて、または女性同士で、登ったり月見をしたりする景勝地でした。今は埋め立てられてしまったけど、すぐ下を山谷堀が流れていたので川遊びの光景なんかも見られたのではないかと。岡本綺堂の『鐘ヶ淵』はこのあたりのお話です」
境内はぐるりと巡ることができ、現在は護岸整備などが進んで少し遠くなってしまったが、東側からは隅田川を望むことができる。少し足を延ばして、浮世絵に描かれた往時の風景を思い浮かべながらお詣りしたい。
「幕末の嘉永頃の古地図を持っているのですが、待乳山も載っていて聖天様と書かれています。地形が今とは変わっているけど、地図と照らし合わせながら回るのもおもしろいと思います」
『岡本綺堂読物集 近代異妖篇』(岡本綺堂、中公文庫、858円)
名作『青蛙堂鬼談』の拾遺集ともいえる怪談・奇談集。『鐘ヶ淵』は鐘が沈んでいるといわれる伝説を持つ淵を、将軍の命により探索するため水中へと潜った若侍たちが遭遇した怪奇談。
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