考察『光る君へ』37話 帝(塩野瑛久)「三十三帖か。大作であるな」まひろ(吉高由里子)「まだ続きがございます」光源氏の罪と罰の物語がここから始まる!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
赤染衛門先生に敬礼
「左大臣様とあなたは、どういうお仲なの?」
36話(記事はこちら)、赤染衛門(凰稀かなめ)の質問から一週間、どうなったんだとジリジリ待っていた。しかし蓋を開けてみると、土御門殿で孫である敦成親王を抱いてニコニコ顔の倫子(黒木華)と幸せそうな中宮・彰子(見上愛)から始まる。内裏に戻るときに、帝(塩野瑛久)へのお土産として藤式部(まひろ/吉高由里子)の書いた物語を、美しい冊子にして献上したいという中宮。
藤式部の名を聞いた瞬間の、倫子の笑顔の、ごくわずかな変化……複雑な心境を表現する黒木華がとても巧い。幸せの絶頂にある娘に悟らせまいと、優しく「それは……帝もお喜びになりましょう」と答える倫子に胸が痛くなるし、傍で見ている赤染衛門と同じ表情になってしまう。
そして、まひろとふたりきりの場所で「どういうお仲なの?」という赤染衛門の問いかけの続き。ひとことでは説明しづらい……幼馴染で10代の頃ひそかに交際し、友人を一緒に埋葬するという悲劇の体験を共有もした。若気の至りで駆け落ちするのしないのと揉めた挙句に破局、その後に運命の再会を果たして抱き合ったけどまひろが道長を振り、子ができたがはっきり認知させないまま、今は主従関係に。そんな仲です。
赤染衛門はまひろの沈黙を答えとした。
「そういうこともわからないでもないけれど……おかた様(倫子)だけは傷つけないでくださいね」
そう。この時代は主人格の男性が屋敷で働く女性たち……妻・娘に仕える女房と男女の関係になるのは不義密通にはあたらず、責められる話ではない。そして妻が他の妾や召人(ドラマレビュー4回参照/記事はこちら)への嫉妬を露にするのは、恥ずかしいこととされていた。
『栄花物語』には、道長が彰子に仕える女房(紫式部ではない)と通じたのを、倫子がとがめだてはしなかったとある。ドラマでも倫子が道長とまひろを責めることはしていない。少なくとも、今のところは。
赤染衛門の忠告は36話を振り返ると、むしろ道長に向けて言ってほしい気がする。しかし主人に対してそれは無理なので、せめてまひろに振る舞いに気をつけろと言うのが精一杯……. 。品がよい言葉選び、毅然とした態度、気働きが素晴らしい赤染衛門先生に敬礼。
ただここが微妙な話だが、このふたりは倫子よりも先に出会い、過去に通じ合っただけで今は褥を共にしていないのだ。道長とまひろは体が伴わずとも心が通い合っている、そして今は後宮政治で力を合わせる関係。しかも大切な娘・彰子が誰よりも頼りにする女性。
かつての友・まひろは倫子にとって、とてもつらい存在となってしまった。
藤式部だいすき父娘め!
37話は前回以上に『紫式部日記』のエピソードを経糸に、台詞、演出、編集を緯糸にして織り上がった物語という印象が強かった。今回まひろが直接関わる場面のほとんどが、一部を除き日記に記された事柄だ。それらに細かくアレンジがなされ、ドラマの筋立てに組み込まれている。
帝へのお土産づくりに精を出す女房たちに「殿(道長)からのご褒美である。皆で分けよ」と、倫子が女房全員への気遣いを発揮したものの、
彰子「紙は藤式部に」
道長「(まひろに)筆や硯も要りようであろう」
この藤式部だいすき父娘め! 百歩譲って「紙は」と限定した彰子様はいいわ。でもそれ以外のもの全てまひろにプレゼントしようとする道長はどういうこと? 倫子の「皆で分けよ」は無視ってどうよ。
赤染衛門先生から指摘された直後であるし同僚たちの気持ちも考え、しかし辞退するのも無礼なので、あくまでも事務的に「ありがたく存じます」と答えたまひろに、
あれっ? 喜んでない? 高価な文房具フルセットプレゼントなのに? と、ちょっと困惑する道長と、すかさず、
「帝がお喜びになる冊子となるよう、皆(藤式部への個人的な贈り物ではないのですよ。本来は仕事に励む全員へ褒美なのですと強調)頼みますよ(語尾はキツくならないよう優しく)」
と、言葉をかける倫子。柄本佑も黒木華も本当に巧みな芝居で面白いのだ。
親王の祖父となったし愛しいまひろは自宅で寝起きしているし、道長は有頂天である。
床から一寸くらい浮いたまま歩いているようだ。倫子はもう少しキツく伝えないと、夫の足は地につかないのではないか。赤染衛門が厳しい表情で重い空気を醸し出して、道長に圧を加えてもいい。ちなみに敦成親王の誕生により倫子は従一位に叙せられ、正二位の道長を上回った。そして帝の行幸が叶ったこの土御門殿は彼女の持ち家である。真の貴婦人をなめたらあかんぞホンマ。
久々の実家で
希代の能書家・行成(渡辺大知)が清書に携わり、道長が用意した料紙に美しく綴られた物語を糸で綴じてゆく。紙を断つ。章題を貼り付ける。静謐な音楽に乗せ、我が国で1000年読み継がれる作品『源氏物語』の書籍ができあがってゆく工程に胸が高鳴る。しかもそれを作るのは、国の頂に立つ后と女房、女性たちなのだ。
豪華装丁冊子作りは、大河ドラマ『平清盛』(2012年)の『平家納経』を思い出す、美しい場面だった。
ナレーション「帝に献上する『源氏の物語』の冊子はこうして完成した」
書かれた当初、この作品は『源氏物語』というタイトルではない、というかタイトルはまだないので『源氏の物語』。細かい。
冊子の完成を見届けて、まひろが願い出る宿下がり。我が子を抱き、娘と離れた藤式部の気持ちに思い当たった彰子の「すまぬ」「娘もさみしい思いをしているに違いない」という言葉に、中宮としてもひとりの女性としても、回を追うごとに成長している様が伝わる。
そして、宿下がりで会える実家の皆、変わらず元気そうでよかった。父上(為時/岸谷五朗)おひさしぶり! 乙丸(矢部太郎)の「姫様のお帰りでございます!」も懐かしい。賢子(梨里花)大きくなって。……しかし、かなりよそよそしい。母の宮仕えに納得できないまま別れて以来、なかなか会えなかったから無理もないが。
煌びやかな内裏と土御門殿に慣れたあとでは、我が家を「みすぼらしく感じた」とは、実際に紫式部が記した感慨だ。
実家からしばらく離れると、なんだか居心地悪く感じるのは現代でも社会人にはよくあることではないだろうか。まひろの場合は、娘とのぎくしゃくしたやり取りがその感覚をもたらしたのかもしれない。
中宮から賜った白米と酒を供しての久しぶりの家族揃っての食事の席で、まひろは居心地悪さを払拭したくて酒をあおり、土産話をする。もうこの場面は辛くて見てられない。
まひろの土産話は夜が更けても続き、聞き手にとっては自慢話に変質してしまった。ゴージャスな宴の様子に為時が「貧しい我らには縁のない話だ」と、それとなくうんざりだと伝えても止まらない。酔った勢いで五十日の祝宴での殿方らによるセクハラネタまで飛び出してしまった。賢子にとって母親が異性から性的に扱われる話を聞かされるのはキツいだろう。姪の様子を気にしていた惟規(高杉真宙)が諌めるが収まらず、更には、
まひろ「中宮様のご出産に立ち会えるなんて、これまでで一番胸が熱くなったわ!」
今まで母から目を逸らしていた賢子が、まひろを見る。一番胸が熱くなった経験がそれ? じゃあ私が生まれたときは……? と、ショックを受けたのではないか。
まひろはまひろで、よそよそしい態度の娘と向き合って改めて思い起こしたのは、あの夜の不義。宣孝(佐々木蔵之介)に告げるか否か慄いた、己の罪深さ。そして文机に向かい書き留める。罪、そして罰……。
中宮から戻ってくるよう使者が来て、母娘の語らいをする暇もなく戻ることになったまひろに、賢子のいらだちが爆発する。
「母上が嫡妻になれなかったから、私はこんな貧しい家で暮らすことになったのよ」
か、賢子ちゃん……まひろが嫡妻になれなかったのは、おじじ様が官職に恵まれなかったからなので。その言葉はおじじ様にも刺さっちゃうから、やめてあげて……。
「母上なんて大嫌い!」
ああ。最初に顔を合わせた時に、そして食事の場でもいいから「会いたかったわ。賢子はどうしていたの?」の一言があれば違っていたのか。不器用な母・まひろと、母に似て気難しい娘・賢子の亀裂はますます深く大きくなってしまった。
内裏では帝と中宮の愛読書作家として、栄光に輝くまひろの背中に色濃く伸びる影。「光が強くなれば闇も濃くなる」という安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)の遺言は道長だけでなく、まひろにも当てはまる。
三十三帖「藤裏葉」とは
内裏の藤壺に戻った中宮が、一条帝に冊子を献上した。
一条帝「三十三帖か。大作であるな」
まひろ「まだ続きがございます」「光る君の一生はこれで終わりではございませぬ」
三十三帖「藤裏葉(ふじのうらば)」は、どんな巻かといえば、
光源氏39歳。光源氏の嫡男・夕霧は初恋の人である雲居の雁と正式に結ばれ中納言に。娘・明石の姫は東宮に入内が決まった。姫の実母である明石の上は女房として参内することになる。そしてそれを機に、姫を育ててきた紫の上と明石の上は初対面を果たし、長年のライバルであった女性ふたりはお互い良き理解者となれる予感を抱く。
光源氏は冷泉帝(藤壺の宮との不義の末生まれた、表向きは桐壺帝の皇子だが実は光源氏の子)から「太上天皇になずらふ御位」を受ける。そして光源氏の邸宅・六条院で、冷泉帝と朱雀院が揃っての行幸の宴が華やかに催される──。
光源氏はまさに、この世の栄華を極めたのであった。
ここで終われば、めでたしめでたし。それなのにまだ続きがあると聞けば、彰子でなくとも「これからどうなるのだ?」とソワソワするだろう。
考えてございますとまひろは言ったが、実家で文机に向かって書いていた「罪」「罰」。
光源氏の罪と罰の物語が始まるのだ。
日本紀問題
帝のご提案により催される藤壺での『源氏の物語』読み上げ会の華麗さは、かつての中宮・定子(高畑充希)の登華殿のようだ。
宰相の君(瀬戸さおり)により朗読されるのは二十五帖『蛍』。
光源氏36歳。あの六条の廃屋敷で亡くなった夕顔の忘れ形見・玉鬘を引き取り、養女として面倒を見ている。物語を熱心に読む玉鬘に、光源氏は物語についての持論を語る……という場面だ。
「日本紀などは、ただ、片そばぞかし。これらにこそ道々しく、くはしきことあらめ」
(日本紀などは一側面から見た歴史しか書かれていないのですよ。物語にこそ道理にかなった、詳しいことが書かれているのでしょうね)
斉信(金田哲)と公任(町田啓太)が驚いて、
「主上がお読みになるとわかっていて、よく書けたものだ」とヒソヒソ囁いている。日本紀は天皇の勅令の下編纂された、我が国の公式歴史書『日本書紀』のこと。公の歴史書より物語のほうが現実をより詳しく記すと、物語を書く女が世に発信している……と斉信らは受け取った。
歴史は勝者によって作られる。敗者は一方的な悪者とされがちで、勝者にとって都合の悪い要素は排除されたりする。また、歴史書に現実にあったことが正しく書かれているとしても、そのとき関わった人間の感情は物語のほうが細やかに記されるだろう。
『源氏物語』のこの一節を取り上げたのは、同じく歴史を舞台にする大河ドラマならではだ。
『源氏の物語』を読み上げる晴れがましい会とは別の場所で、書き写された『源氏物語』を読む清少納言(ファーストサマーウイカ)……何を思う。
今週も伊周は呪詛
敦成親王の出生を受け、伊周(三浦翔平)の屋敷に集まったのは高階光子(兵藤公美)と伊周の妻・幾子(松田るか)の兄、源方理(みなもとのかたまさ/阿部翔平)。光子は伊周の母・貴子(板谷由夏)の妹だ。このままでは敦康親王が東宮になれないかもしれない、どうするのだと焦って詰め寄るふたりに「お黙りを」と制した伊周だが、今週も人知れず呪詛を繰り返す。
兼家(段田安則)をひたすら呪詛していた明子(瀧内公美)もそうだったが、敵に対して実際に何か手を下せるような力があるわけでなく、頼もしい同志がいるわけでもなく。呪うにしろ、国一番の陰陽師に呪詛を命じることもできず。
ただひたすら人形を刻むことしかできない、この作品における伊周の無力が哀れだ。
長生きしてね
藤壺の局に戻ってからも、まひろの『源氏物語』執筆は深夜まで続く。相変わらず同僚のいびきは響くが、以前より環境に慣れたせいか集中できているようだ。
「三の宮はまだ幼く、ただ私一人を頼みとしてきたので……」
おお! 三十四帖「若菜(上)」を書いている。この台詞は、光源氏の兄・朱雀院のものだ。光源氏の六条院での行幸のあと、朱雀院は出家を志すが、愛娘・女三宮のことが心配で思いきれない。幼くして母を亡くした女三宮は、光源氏が恋焦がれた藤壺の宮の姪にあたる。父である自分以外に後見人がいない内親王を、朱雀院は誰かに降嫁させようとするが──。
ここを書いているそのときに、夜の内裏に響く女性の悲鳴。中宮様の危機かと思い駆けつけたまひろが見たのは、着衣を袴まで剥がされ震えて泣く女房たちだった。これは大晦日に実際にあった強盗事件で、『紫式部日記』に詳しい。(ドラマでは素早くかけつけた藤式部だが、日記の彼女は現場に行くまでに怖くて同僚と結構わちゃわちゃ揉めている)。
大晦日の夜。仮面をつけ「鬼やらへ! 退散なさしめたまへ!」と路上で叫んでいるのは、疫神や鬼たちを都の外へ追い出すために大声をあげ、武器を振り回す儀式・追儺(ついな)を行う儺人(だぎ)たちである。強盗たちは武器を持った儺人と鉢合わせしたので、盗んだ着衣を捨てて逃げたのか。それを拾い上げて仮面を取ったこの男(伊藤健太郎)は、一体……彼の正体と活躍はこれからだが、長生きしてね。頼むから。と、直秀(毎熊克哉)のことを思い出しながら祈った。
藤壺での強盗事件に驚いて内裏にかけつけた道長が、翌朝ねぎらいにまひろの局を訪れる。
そこでポロリと漏らしてしまうのだ。
「中宮様と敦成親王様をよろしくたのむ。敦成親王様は、次の東宮となられる御方ゆえ」
口にした道長自身が驚いているのは、心に隠していたことをうっかり言ってしまったからか、今まで自分でも意識していなかった本音ゆえか。いずれにしても、彼はまひろの前では油断しきってしまう、己をさらけ出しすぎてしまうのだ。
年が明けて伊周の位が正二位に上げられた。伊周が帝の前でもはっきりと自分は敦康親王の後見、左大臣・道長様は敦成親王の後見と宣言する。道綱(上地雄輔)と実資(秋山竜次)による宮中力関係の解説、公任は隆家(竜星涼)にお前は道長を支える心はあるかと念押しする。敦康親王と敦成親王の立太子をめぐって、政治家たちの権力争いが激化する予感のなか、清少納言が藤式部の局を訪ねてきた。
「光る君の物語、読みました」
かつての親しさはなく、刃のように光るききょうの目にたじろぐまひろ……。
さあ! 清少納言の読書感想はいかに!『光る君へ』は大河ドラマ、来週への引きが大切なのでございます!
次週予告。
行成の驚き、なにかの事件発覚らしい。帝と中宮・彰子の閨。美しいですね。倫子と道長の閨。「殿とゆっくり過ごしとうございます」お、おう……そうよね。清少納言「『枕草子』を消してくれと」挑戦的な表情、まひろとききょうの友情の行方は。伊周「おぉおまえのせいだぁああ」崩壊への予感……!
38話が楽しみのような、怖いような。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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