【白央篤司が聞く「50歳からの食べ方のシフトチェンジ」vol.3】これからは「そこそこのおいしさ」で日常は充分、作るのがめんどうでも大丈夫。先人たちの経験と知恵が50歳以降の食を拓く
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
私たちには新しい食の指針が必要だ
料理研究家の「実年齢と食」をテーマにした書籍が、ここ数年で存在感を増している。このシリーズではふたりの料理研究家に話を聞いた。上田淳子さんと瀬尾幸子さん、ともに現代を代表する人気料理研究家だ。
上田さんは50代半ばから身体の変化を感じ、食生活におけるシフトチェンジを意識。今までの料理をどう調整したら現在の自分に心地よいのかを考え、要となった部分を著書にまとめた(第1回の記事はこちら)。
そして瀬尾幸子さんは、50代に入ってだんだんと食べられる量も減り、自分の食事作りも体力的に今までのようにはいかなくなったと実感する。「手をかけない食事もアリとなった」として、瀬尾流の「がんばらない食べ方」を考えていく。(第2回の記事はこちら)
新たな食指針を求める読者の多さを思う。きっと「作ること、食べること」が大好きだったのに、40代ぐらいから体の変化を感じて、「以前のようにいかない」ことに戸惑っている人が少なくないのだろう。
私もそうだった。男の40代、50代は働き盛りなんて言われるが、40代半ばぐらいで食欲の衰えを感じ、今まで感じてきたのとは違う倦怠感におそわれるときも増え、料理を仕事の一部にもしているのに「作るのがめんどう」と思ってしまうこともしばしば。人生はまだまだ長い。今からこれでは、先が思いやられる。
日常に必要なのは、そこそこのおいしさ
そんなとき、書店で見かけて思わず手に取ったのが大庭英子さんの『68歳、ひとり暮らし。きょう何食べる?』(家の光協会、2022年刊)(詳細はこちら)だった。
大庭英子さんは40年以上のキャリアがある料理研究家。業界内の信頼が厚く、信奉する同業者や編集者も少なくない。大庭さんはどんなフィールドに行きついているのだろうと気になり、すぐ手に取った。
最初のほう、見開きの写真にはお盆の上にお皿が3つだけ。「主菜(たんぱく質)+副菜(野菜など)+ごはん」を基本の構成にしている。でも「1食で栄養バランスをとろうとすると無理が」あるし、1日で調えるのもちょっと難しい。だから1週間単位で考えているとあった。大庭さんでもそうなんだと思い、最初からずいぶんと気持ちがラクになる。
「シンプルな料理を繰り返す。作り立てがおいしいものと、作りおいても味の変わらない料理を組み合わせてより手軽に」(大意)といった考えが明快で、その簡潔な考えに触れるたび、おっくう濃度の上がっていた自分の血液がちょっとサラサラになっていくような思いになった。
ごはんは炊きたてが一番おいしいけれど、「冷凍してもそこそこおいしい」なんて言葉がありがたい。以前はおいしさ優先で生きてもきたけれど、最近は「そこそこのおいしさ」で日常は充分だ。
具体例のレシピも手のかからないもの、手をかけられるときに「こうやっておくと便利」の2種が詰まっていて参考になる。でも、とんかつなんかも登場する。「あなた、料理そもそも好きなんでしょ。時にはしっかり作って食べなさい」と励まされているような気にもなれた。
おいしい!うれしい!作り続けたい
今年の1月、続編的な『あっこれ食べよう! 70歳ひとり暮らしの気楽なごはん』(主婦の友社 2024年)が(詳細はこちら)刊行され、現在までに3刷となっている。本書ではより詳しく大庭的食生活のポイントと、年齢と共に変えたこと、変えていないことが語られる。
「朝ごはんは絶対に抜きません」といったストイックな部分もある一方、「晩ごはんにおかずだけ食べることも」あれば、1日350g食べるのを推奨される野菜は「私も足りていないと思います」なんて率直に語られるところもあり、思わず親しみを覚えてしまう。朝ごはんを抜かないのは、朝きちん食べると昼にちゃんとお腹が空くから、という理由にも納得。1回リズムを崩してしまうと後までずるずる悪影響は及びやすい……。
紹介されるレシピは「たんぱく質と野菜を同時にとりやすく」「手軽に主食と合わせて食べられるように」しつつ「洗いものもなるたけ少なく1食が完成」しやすいように、が熟慮されているのを感じる。ありがたい。
ひとり暮らしの大庭さんがたどり着いた作りやすさ、食における「気楽さ」を体現するレシピの数々。豚しゃぶをのせた冷やし蕎麦など、別に習わなくたって多くの人が作れるだろう。私もよくやるが、書き添えられたちょっとしたポイントに従ってみたら、いつものおいしさの精度が上がった。こういうときは、うれしいものである。こんなうれしさが、作り続けていく上での心の糧になるのだろう。
70代になったとき、こんな食卓と共にありたい。そう思える本だった。
老いて「食べづらさ」に直面したら…
いつまでも元気に食べていたいけれど、人間そうもいかない。体のあちこちが衰えてきて、噛みにくい、飲み込みにくい、といった困難も生じてくる。
「料理家と食」というテーマからは外れてしまうが、70代以降の食のガイドブックとして推しておきたいのが『70歳からのらくらく家ごはん』(詳細はこちら)(女子栄養大学出版部 2020年刊)だ。隠れたロングセラーで、最近増刷にもなっている。
著者は管理栄養士の中村育子さん。在宅治療を受けている患者さんの訪問栄養指導を20年以上されてきたキャリアを持つ。本書は「冷凍食品、総菜、缶詰、レトルト介護食品などにほんの少しだけ手を加えた料理」を紹介するのがメインテーマ。
最初に紹介されるのは、冷凍餃子と冷凍ほうれん草を組み合わせて作るスープである。中村さんはここに卵や野菜を加え、栄養バランスをよりととのえたレシピにして教えてくれる。
冒頭、老いの最中にある人はどういう食べづらさを抱えているかが説明される。これは、実際に自分がそうなってみないと分からないこと。うちの親も言わないだけで、同様の不都合を抱えているかもしれないとハッとした。自分がもし高齢になって噛めない、飲み込みにくいとなったとき、近しい人に正直に言えるだろうか。友人に相談できるだろうか、考えてしまう。
当事者の方なら「こんな食事のととのえ方もあるのか」と参考になるだろうし、高齢の方に食事の用意をされている方にとっては有益な情報が多く詰まっていると思う。中村さんの「自分に完璧を求め過ぎないで、変化をおおらかにとらえましょう」という言葉が心に響く。
自分で作って、食べていく。年齢に応じた微調整やシフトチェンジが今後何度も必要になってくるのだろうが、先人たちの経験と知恵をうまく参考にしつつ、フレキシブルに対応していきたい。