くらし

漢字について、ゆっくり話そう。【宮崎美子さん×中村明久さん 対談】

私たちにとって「漢字」とは?
日本の活版印刷の歴史を繙きながら、先人の残した知恵に、その真髄を学ぶ。
  • 撮影・青木和義 スタイリング・坂能 翆 ヘア&メイク・岩出奈緒 文・一澤ひらり

活字は全部で約20万本。漢字は部首別に。重さは何トンにもなるんです。(中村さん)

活字の重さって、知識を伝えたい人類の叡智の象徴だと思います。(宮崎さん)

(左)宮崎美子さん 女優(右)中村明久さん 『中村活字』代表取締役 創業110年になる『中村活字』の店内。「引き戸」と呼ばれる取っ手のついた木箱を引き出すと活字がびっしりと並んでいる。明治、大正、昭和と日本の印刷業界を担ってきた活版印刷は、ひと文字ずつ活字を拾う「文選工」と、活字を組む「植字工」などの職人によって支えられてきた。しかし、いまはその職人もほとんどいない。

東京・銀座の路地に佇む『中村活字』。創業110年、明治から続く活版印刷の老舗には活字になった漢字が部首別に仕分けられて息づいている。読書家で漢字検定1級を持つ女優の宮崎美子さんが店を訪ね、社長の中村明久さんと漢字と活字の魅力、奥深さ、未来について語り合いました。

宮崎美子さん(以下、宮崎) 古き良き銀座の面影を残す、ノスタルジックで風格のある店構えですね。中村さんは何代目になられますか?

中村明久さん(以下、中村) 創業は1910年(明治43年)で、私で5代目になります。創業当時、築地から銀座にかけて新聞社や出版社が密集していて、この界隈には活版屋さんが200軒近くあったんです。いまはうちだけしか残っていませんが。

宮崎 それは寂しいですね。でも、銀座周辺は近代から現代へ活字文化を支えてきた地域でもあったんですね。

中村 聖路加国際病院のある一帯には、明治の初期に築地外国人居留地があって、宣教師が聖書を印刷するために活版印刷機を持ってきたそうです。日本の活字は『東京築地活版製造所』が“築地体”という明朝かな書体の活字を作ったのが始まりです。

宮崎 この界隈は活字にまつわる歴史のある土地だったんですね。勉強になります。活版印刷といえば、火薬、羅針盤と並ぶルネサンス三大発明の一つでしたよね。

中村 活版印刷の発明者はドイツのグーテンベルクですが、うちにはドイツの友人が送ってくれたグーテンベルクの像があります。鉛と錫とアンチモンで作られる活字合金のもので……。

宮崎 (手に取って)うわー、小さい像なのに7〜8キロはあるかしら。いや、もっと重いかも!

中村 活版印刷で用いられる活字は職人がひと文字ずつ拾って文字を組み、できあがった組版にインクをのせて、圧力をかけて紙に印刷します。1970年代までは主流でしたが、いまやオフセット印刷やパソコンの普及でほとんど姿を消してしまいました。デジタル化で簡単に印刷できるようになりましたからね。

宮崎 亡くなられた英語学者で評論家の渡部昇一先生の書庫をテレビ番組で収録したことがあるんです。そのとき、蔵書15万冊という書庫の中で最も貴重な『カンタベリー物語』の初版本を見せてくださったんです。活版印刷で活字も挿絵もくっきりしていて、紙に押し込めるように印刷してある。この字を刻み付けて、この文章を残したいっていう活字を組んだ人たちの思いが伝わってくるような気がしました。人類の叡智が脈々と受け継がれてきて、私たちもちょこっとだけれどつながっていると感じたんですよね。

合金にひと文字ずつ文字を刻んだものを「活字」という。日本の活字の大きさは5号(10.5ポイント)が基準となるが、わずか4ミリにも満たない。

活字の数は膨大。地震があるたび、廃業する活版屋さんが多くてね。

中村 初めてうちに来る人たちは、店内を見てびっくりしますね。

宮崎 壁一面、木製の棚になっていて、取っ手のついた箱が収められています。この中にはびっしりと活字が入っているんですね。小さすぎて読めない(笑)。いまどれぐらいの数があるんですか?

中村 全部で20万本ぐらい。うちは活字を作ってもいるから多いですね。

宮崎 わー、ものすごい数! どこにどの活字があるか、全部わかっていらっしゃるんですよね。

中村 一応、なんとか(笑)。でも欧文なら26文字、いろいろ記号を入れてもたかが知れてるから簡単だよね。

宮崎 あまりの数の違いに驚きますけど、もし大きな地震で20万本が床にばらけたら、大変なことになりそう。

中村 実際、地震があるたびに廃業する活版屋さんが多かったんですよ。活字があまりに膨大で二度と元に戻せないからね。それにこれだけ活字があると、重さも何トンにもなるんですよ。

宮崎 こんなに小さな活字の集積で何トンにもなるなんて! 床が抜けそう。

中村 漢字は漢和辞典と同じように部首別に仕分けてあって、途方もない数の活字の中から拾っていくんです。

宮崎 一字一字文字を拾っていく! 活字の重さって、知識を広めたいっていう思いの重さなんですね。

中村 昔は通勤電車で新聞を読んでいましたが、いまはみんなスマホを見ているでしょ。文字も書くのではなく、打つ時代になってしまいましたね。

宮崎 書かないから漢字もどんどん忘れてしまいます。でも中学ぐらいまでは生徒会のお知らせとかをガリ版を切ってローラーで印刷していました。製造中止になった「プリントゴッコ」にも夢中になったり。懐かしいです。

中村 たしかに自分で印刷する文字には手作りの魅力がありますよね。

宮崎 私の学生時代は本も雑誌も活版印刷でした。いまの印刷のように平べったくなくて風合いがあったし、活字がくっきりしている感じがよかった。独特のインクの匂いも好きでした。

中村 活版は見やすいとよく言われます。印圧で印刷するから紙がグッと押されるんです。そのときに文字の縁にマージナルゾーンと呼ばれる溜まりができて、それがパッと目に入るとくっきりして見えるんですね。

大切な漢字は挨拶の「挨」。書けたら、まだ大丈夫と、私の漢字力を測る物差しです。(宮崎さん)

宮崎美子(みやざき・よしこ)さん●1958年、熊本県生まれ。映画やテレビに幅広く活躍している。現在、NHK『ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!』などに出演中。
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