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持たない暮らし、小さな家の楽しみ方。マキさん☓建築家・大塚泰子さん対談。

心地よく暮らせる小さな家の設計を得意とする、建築家の大塚泰子さん。持たない暮らしの楽しみ方を伝える、マキさん。暮らしにほどよいものの量、それを上手に使う知恵など、さまざまなテーマを話しました。
  • 撮影・尾嶝 太 文・一澤ひらり
建築家の大塚泰子さん(左)、シンプルライフ研究家のマキさん(右)

マキさん(以下、マキ) 昨年まで4年間住んでいたマンションは1LDKで53㎡。家族4人暮らしですが、暮らしの中でそれなりにものを減らすことができたので、狭い空間でもじゅうぶん広く暮らせていました。だから家の平米数にはこだわらなくなりましたね。

大塚泰子さん(以下、大塚) それってすごく大切なことです。みなさんどうしても数字にとらわれていて、家は広いほうがいいと敷地いっぱいに造ろうとする人が多いのですが、住まいには数字では表せない広さや豊かさがあります。建物が広ければ暮らしやすいとは限りませんし、まず家はこうあるべきという固定観念を捨てることが必要だと思いますね。

マキ すごくよくわかります。私も以前リビングには当たり前のようにソファとローテーブルを置いていましたが、本当に必要だろうかと考えて、子どもが小さいし邪魔なだけだと気がついて処分しました。狭い家に住んでいたからこそ、気づけたことは多かったです。

大塚 周囲に惑わされず、自分たちにはこういう住まい方が居心地いいんだと見つけることが大切ですよね。広い家でも、収納力以上にものがたくさんあったら「狭く」感じるでしょう。逆に広さはそれほどでなくても、必要なものがきちんと収まっている空間なら「広く」感じるものです。ところでそもそも、マキさんが持たない生活を始めたきっかけはなんだったのですか?

生活用品やキッチン用品などは、 1アイテム1個を目安に。

マキ 私、20代のころは百円ショップが大好きで、家にもカワイイ小物をいっぱい飾っていたんです。でも夫はミニマリストみたいな人なので、それが好きではなかったんでしょうね。私が出産で入院していたときに全部捨てられてしまったんです! 退院して怒りましたけど、意外だったのはそれを不便には感じなかったことでした。

大塚 すっきりした空間の心地よさを味わったからでしょうか。

マキ そうなんです。しかも産休中、家の中のものと向き合う時間ができました。今日は文房具の整理をしようと思ってペンを1本1本書いてみると、インクが出ないものもあってムダなものをたくさん抱えていたことに気づきました。ならば、お気に入りが一つあればいいと、生活用品やキッチン用品などは1アイテム1個を目安に片づけていくようになったんです。

大塚 いまはものがあふれている時代。収納スペースに関しても、「できるだけたくさん収納を作ってください」という施主さんがいますが、収納が多い家が片づいているとは限らないことはご存じのとおりです。

マキ わかります。

大塚 そして子どもが独立して夫婦2人だけになると、小さな家で心地よく暮らしたいという要望が増えてきます。そうなるといままでため込んできたものと一度向き合わざるを得ないんです。

マキ 私もよく読者の方から「子どもの写真など思い出系のものはどう収納していますか?」って聞かれるんですけど、自分が子どものころに描いた絵や作文を残したいかって考えると、そうでもない。結局、子どものものをとっておくのって親が忘れたくないからなんですよね。本当に大切なのは、子どもの一生に残るような楽しい記憶を残してあげることだと思うんです。

大塚 そういう発想の転換が必要ですね。必要なのは、〝余白〟。スペースいっぱいに使うのではなく、遊びや余白を残すことが、空間の抜け感を作るし、視覚的な広がりを感じさせますから。

マキ 狭いからこそ、空間に余白がないと息苦しくなりますね。

大塚 私は家を設計する前に、まず施主さんに家の中にあるものを全部書き出してもらいます。そして本当に必要なのか無くても過ごせるものなのかを一つ一つ検討してもらいます。それから取捨選択したものの量に見合った収納を考えていきます。

収納は家族共有で、1カ所に集約。 入らなければ捨てるルールを作る。

マキ いま住んでいるところは2 L DKですが、59㎡で以前より少し広くなったぐらいなんです。ただ仕切りの壁が少なくて引き戸を開け放しておくと、ワンルームのように空間が広々と感じられるんです。でも収納スペースはほとんどゼロなんですよ(笑)。

大塚 それは、なかなか衝撃的!

マキ 玄関に靴箱もないし、クローゼットも、作りつけの収納もありません。あるのはキッチンのシンク下と洗面所の鏡裏の収納だけなんです。収納がないことはデメリットに思われるかもしれませんが、かえって思いどおりに収納できるので都合がよかったんです。

大塚 どのように対処したんですか?

マキ まず背の低いチェストを2台買って、玄関からリビングにつながる場所に並べて置きました。玄関に近いところには靴、洗面所に近いところには下着類とか、使う場所の近くに収納するようにしているので便利です。

大塚 ふだん使っている生活用品は、すべてそこに?

マキ そうです。引き出し1つに1人分の下着と靴下を入れています。この引き出しは誰のものか決めておけばすごくわかりやすいんです。

大塚 マキさんのように収納を1カ所に集約するというのは、実は私も小さな家づくりで提案していることです。狭い空間では収納を家族共有にすると省スペースになるし、コストも抑えられます。各部屋に収納を作らずに済むので部屋も広くなりますね。

マキ 収納を1カ所にすると、暮らしのうえでも分散収納よりもはるかに効率がいいですよね。あれはどこに置いたかな?などと探さずに済みますし。

大塚 本棚も各室にしつらえるのではなく、廊下や階段下、階段の壁面などのスペースに作って家族共有の本棚にします。そうすると、みんなで回し読みができるし、保管しやすいんですよ。

マキ 素敵なアイデアですね。いま長女が小学3年、次女が4歳で、これからどんどん本が増えていくので、家族共有の本棚を作りたいと思います。

大塚 限られたスペースで使い勝手よく収納するには、あらかじめ収めるものとその量を想定して収納場所を決めることが必須なんです。

マキさんの現在の住まい。仕切りのないワンルーム的な空間は、実際の平米数以上に広々と快適。

マキ 洋服は寝室にオープンラックを1台置いて、3シーズン分の家族全員の洋服を掛けています。その奥の壁面に棚を置いて季節外の服とか、ときどきしか使わないものを収納しています。

大塚 ファミリークローゼットですね。省スペースになるので、私もよく手がける収納方法です。家族全員の洋服を管理できるし、洗濯物やクリーニングに出す衣類もまとめやすい。家事がスムーズになりますよね。

マキ 洗濯物は下着、靴下などを除いて、すべてハンガーで干します。乾いたらそのままクローゼットに吊るせばいいので、畳む手間がかかりません。ハンガー収納はとってもラクですよ。

大塚 家事の時短も工夫されているんですね。洋服や靴、バッグなど、増えてしまって収納に困ることは?

マキ 私は季節ごとにコーディネートを決めて、それに合わせた色違いの服を2着買って毎日交互に着ています。バッグや靴は上質なベーシックなものを買って、手入れしながら長期間使うので増えることはありませんね。爪切り、はさみ、筆記具などの小物類もすべて気に入っているかいないかを判断して、結果的にシンプルなものが残りました。常にものの量は収納できる分だけと決めているので、新しいものを買ったら何かを減らします。

大塚 クオリティが高く心底気に入って買ったものは、それだけに大事に使って長持ちするし、愛着も深くなりますよね。暮らしの豊かさってまさにそのことで、量の多さやスペースの広さとは別物ですから。

マキ もうひとつ、狭い空間のよさは手の届くところにものがある便利さなんです。収納は自然に使う場所の近くにしまうようになるし、掃除はあっという間に終わるし、狭いことで時間の使い方も効率よくなりましたね。

大塚 年齢を重ねるごとに、生活道具を取りに行くのもおっくうになります。そうしたときに、いまの言葉は参考になりますね。

狭くても広々と、そこに暮らす 人の心を豊かにする住まいが理想。

大塚泰子さんが設計した東京・F邸 。リビングは10畳だが掃き出し窓を 開けるとテラスとつながり広々と した空間に。
収納は壁面収納で、パソコン作業ができるワークスペースをしつらえ、生活用品などもきれいに収められている。

大塚 上の写真の家のリビングは10畳ですが、壁一面が収納になっています。ちょっとしたパソコン作業もできるワークスペースもあるんですよ。

マキ ゆったりとスペースがとってあるから、仕事もしやすそうです。壁の全面が収納になっているから容量もたっぷりありますね。

大塚 このお宅ではCDや家族のアルバムなどそれぞれ収納場所が決まっていて、そこにしまえばいいようになっています。定位置が決まっていると、戻せばいいだけなので散らかりません。

マキ しかもリビングとテラスが一体化して開放的なので、こんなに広々と感じられるんですね。

大塚 空間の広がりって感覚的なことなんですよね。住まいの最終目標は、そこで暮らす人の心を豊かにすることに尽きると思います。でもマキさんみたいに収納ゼロの空間で潔く生活できる人はなかなかいないので、収納をちゃんと作ってそこからものがあふれないように暮らしていきましょうと提案します。すっきりと暮らすことの快適さを実感すれば、その空間をキープしたいと思うようになりますから。

マキ たしかに空間が変わると意識も変わりますよね。うちは何もないからこそ部屋がキャンバスのようになって、光の表情や雨の様子を敏感に感じられます。以前は雨の日だとちょっとテンションが下がったんですけど、いまは雨だれにうっとりします。

大塚 ものにあふれた生活をしていては、それは体感できませんね。

マキ いまは持たない暮らしが気持ちいいって心底思えるので、捨てるだけのステージからもう一段階上がれたのかなって思っています。大塚さんの著書の『小さな家のつくり方』には素敵なアイデアがいっぱいありますよね。天窓で採光したり、中庭を作ることで光や風を呼び込んだり。どの家にもストーリー、ポエジーがあります。

大塚 私が家づくりで目指しているのはそういう空間です。でも大切なのは、その空間をいかに居心地よくしていくかという住まい手の意識なんですね。

マキ いままで一戸建てに住むという発想はなかったんですけど、今日お話しできて、毎日をハッピーに暮らせる小さな家をいつか大塚さんに設計してもらえたらなって思いました。

大塚 私がつくりだしたスペースを、マキさんならどんなふうに暮らしてくださるのか。楽しみですね。

『クロワッサン』951号より

●大塚泰子さん 建築家/ノアノア空間工房代表取締役。著書に『小さな家のつくり方 女性建築家が考えた66の空間アイデア』(草思社)がある。

●マキさん シンプルライフ研究家/ブログ「エコナセイカツ」で日々の暮らしを綴る。新刊に『ゆるく暮らす 毎日がラクで気持ちいい、シンプルライフ』(マイナビ出版)

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