『猫たちの色メガネ』浅生 鴨さん|本を読んで、会いたくなって。
つじつまが合わないことを楽しんでほしい。
撮影・千田彩子
「数日前、仕事でタイのバンコクにいて、スマホの画面が割れてしまったので、交換してもらおうとアップルストアを探したのですが、ぜんぜん見つからなかったんです。あのビルの3階にある、と教えてもらったので行ってみるとない。3階じゃなくて4階だよ、と別の人に聞き、階段を上がってみたけどない。いろんな人が教えてくれたのに、結局見つからなかったんですよ」
バンコクは大都市なのに……。「昔からどうも奇妙なことに遭いやすいんです」、とのんびりした口調で自己分析する浅生鴨さん。本書に収められた27編のショートストーリーも、ちょっとしたことで日常が変わり始めてしまう不思議な話ばかりだ。
自分がアンドロイドだと突然気づいたのに、それを証明することができないサラリーマンの苦悩「誰よりも普通」、演奏家が欠席したイベントで、代わりにピアノの前に座っていたが、静寂に耐え切れず、民謡を歌いだす町役場の課長「15分の静寂」、ラーメン店で注文を一つ間違えたことがきっかけで狂いだしてしまうロボット店員「難しい注文」。
いったいどこに連れていかれるのだろう、という予測不可能な怖さが全編に漂うが、オチらしいオチはない。
「僕らが日常だと思っていることでもほんの少し軸足を変えると違って見えますよね。人生って物事は思いどおりにはいかないし、予想もつかないことが起きるし、そういう状況になったとき、人はどんな行動をとるのかということに興味があるんです」
不条理な展開の中に、日頃、その辺で見かけるのとまったく変わらない猫が当たり前のように登場するのも本書の特徴だ。
「猫は世界中どこへ行っても、だいたい同じような大きさで同じようなことをしている。ある種の普遍です。猫は、誰かの役に立とうとたぶん思わないで生きているでしょう。この本もそんな感じで書きました」
もともとテレビ局に勤務し、現在も番組制作に関わっている浅生さんだが、テレビやネットのニュースは見ない、新聞も読まない、など情報を遮断して生きている。
「できれば働かずに家でごろごろしていたい。猫みたいに。でも物語が降りてくるんです。それを書きとめているだけ」
夜寝る前に1編ずつ読むと、夢の中で、どこか知らない国で果てしない旅をしている自分に出会えるかもしれない。
KADOKAWA 1,500円
『クロワッサン』965号より