帽子デザイナーのアトリエでは、見える収納を実践。
撮影・岩本慶三 文・一澤ひらり
帽子アトリエの一日は掃除に始まり、掃除に終わる。そこには帽子作りのプロならではの確たる理由がある。
「材料も道具も細かいものがたくさんあるので、仕事の後は床が惨憺たる状態になってしまうんです。座って作業することが多い縫い仕事ですから、待ち針を床に落とすことはしょっちゅう。画鋲とかも落ちているし、危ないので掃除機はかけられません」
と、アトリエアキコ代表の市瀬晶子さん。スタッフはそれぞれの作業机に繊維のほこりや糸くず、生地の毛などを払う小さな手箒は置いてあるが、床掃除用には長箒が4本。これを使って最後まで残っている人たちが床を掃き、待ち針を拾って仕事を終えるのが決まりだ。そして翌朝9時に再びスタッフ全員で掃除をして一日が始まる。
「待ち針は頭が付いているのでまだいいんです。いちばん危ないのは縫い針。これはそれぞれが管理して、使う数だけ出して、落ちたらすぐに拾います」
市瀬さんの父は日本の帽子デザイナーの草分けとして、皇后美智子さまをはじめ皇室の方々が着用する帽子を半世紀以上にわたって手がけた市瀬廣夫さん。幼いころからアトリエを遊び場に、帽子と一緒に育ったという晶子さんはそんな父のアトリエを受け継ぎ、皇室御用達の帽子をはじめオーダーメイドの帽子を作り続けている。44年前に開設されたというアトリエは、上の写真をご覧のとおり、歳月が醸し出した落ち着きと、ちょっとレトロな味わいのある、まさに昭和な空間だ。
「父は2年前に他界しましたし、アトリエもだいぶ古くなって床がミシミシ軋みます。ただ、父がしっかりと考えて作った仕事場なので、基本的な作りは開設以来このままですね」
帽子作りの命は型。父の代からの型は、創庫に保管しています。
使い勝手がよさそうなアトリエで、ひときわ目を引くのが帽子の型。
「よく使う型はアトリエの窓に近い棚に置いてあります。これをもとに帽子を作っていくので、うちの財産ですね。以前は木型でしたが、いまはペーパー製の素材で型を成形していき、最後は刺し子をして固く仕上げるので、手がかかります。慣れた人でも朝から夜10時までやって3日くらい。でも一つ型を作るといろんなバリエーションの帽子に展開できるので、ベースになる重要な作業です。父の代からの型もたくさんあって、倉庫に保管しています」
帽子の型はすぐに見つけられるように、目線より上に置いてある。見せる収納のよき実例だ。このようにスタッフ共有で使うものは収納する場所が決められていて、使い終わったら定位置に戻すのがルール。
「帽子の飾りで使うビーズや細かいパーツ、ミシンで使う色とりどりの糸、そうしたものは10段の収納ケースを2台置いて収納しています。ケースの外から見てわかるようになっています」
とはいえ、最初からこのようにやりやすかったわけではなかったという。
「私は大学卒業後に画廊で7年勤めてからこの道に入ったのですが、父は生地の管理ができなくてゴチャゴチャだったんです。やり方を変えて生地を取り出しやすいように半透明の収納ケースに入れて数字をつけ、わかりやすいように保管しています。その生地の裁断から始めて、私がようやく最初から最後までひとつの帽子を作れるようになるには3年かかりましたけど(笑)」
父に弟子入りした修業時代には指が血だらけになったこともあったそう。
「手縫い仕事が多いので、帽子作りの職人にとっていちばん大切なのは手、道具とすると指ぬきなんです。帽子は洋服と違って生地がとても硬いので、指ぬきがないと針が通らないし、指を傷つけてしまうんです。マイ指ぬきを収納するのも大事な仕事ですね」
『クロワッサン』951号より
●市瀬晶子さん 帽子デザイナー/廣夫さんが生前使っていた場所が今の晶子さんの定位置に。作業台は6人が均等に使える仕様。
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