『グレタ・ニンプ』綿矢りさ 著──妊娠したら妻が豹変。戸惑う夫の奮闘の行方
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
綿矢さんは、巧みな比喩や抒情的な文章世界の書き手であると同時に、妄想を暴走させる主人公などユーモアを炸裂させた作品の書き手でもある。今作は後者に振り切った一作。
俊貴と由依の夫婦は四年間の不妊治療の末、子どもを諦める。が、ほどなく由依が自然妊娠。大喜びしたいところだが、俊貴の戸惑いは大きい。というのも、由依の人格がすっかり変わってしまったのだ。控えめだった彼女が髪を刈って紫に染め、一人称は「ワタイ」で『ドラゴンボール』の悟空のような喋り方になり、活動的になってママ団体の女性たちと親しくなり……。マタニティ・ハイ状態ともいえるが、由依は不妊治療していた頃、SNSに〈妊娠したら、羽化したい〉と投稿していた。おそらく彼女は、変わりたかったのだ。振り回される俊貴だが、なるべく良い方向に解釈し彼女を支えようとする姿がいじらしい。
本書の特徴は、随所にフォントや文字の大きさを変えた箇所があること。それがこの本自体をファンキーにしている。型破りでなんともおかしい内容だが、〈羽化したい〉という気持ちの切実さも伝わってくる。応援せずにはいられない夫婦の物語なのである。
『クロワッサン』1162号より
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