俳優・酒井若菜さん──弱いから勁(つよ)い。病を抱えて見つけた、私のまっすぐな道
撮影・天日恵美子 スタイリング・中西雛乃 ヘア&メイク・鈴木智香 イラストレーション・水上多摩江 構成&文・松本あかね
『不治の病でもマインドは自分次第。「医学で解明されていないなら、私が解明したっていいじゃん、私のことは」って』
俳優 45歳
1995年デビュー。ドラマ、舞台、映画のほか作家としても活動。YouTube「酒井若芽チャンネル」、noteで「酒井若菜のnote」を連載中
膠原病(こうげんびょう)について、酒井若菜さんが自身のYouTubeチャンネルで初めて触れたのは約1年前。その反響は大きかった。
「自分や家族に同じ病気がありますという方が多かった。周りに膠原病のことを知ってほしかったから、発信してくれてありがとうという声がたくさん届きました」
膠原病は1つの病気ではなく、免疫が自分の体を異物と認識して攻撃することから起きる疾患の総称だ。数十種類に及び、多くは国が定める難病に指定されている。
酒井さんは19歳のときに粘膜が乾燥するシェーグレン症候群、甲状腺が炎症を起こす橋本病と診断され、32歳のとき関節リウマチがわかった。口と目の粘膜が乾きやすく、点眼薬を5種類、リップクリーム、飲み物が手放せない。甲状腺が腫れる日もある。関節リウマチの薬は毎日服用する。
「19歳で診断を受けたとき、20年寿命が短くなるといわれました。でも薬の進歩で今は7年といわれている。なら、男性の平均寿命と同じくらいじゃない?って」
音と香りで、自分に還る時間を持つ
「冬のピリッとした空気の中で、いい音を聴きながら散歩するだけでリセットされた気分」。泣きそうな日にはイースタンユースの曲がいい。バンドサウンドを聴くなら〈マーシャル〉のヘッドホンで。
「お風呂でメイクを落とすとき広がるクレンジングオイルのウッディな香りが第一の癒やし。寝香水も必ず」。左から、愛用のブラッククレンジングオイル(シュウウエムラ)、ヒュイル オードパルファム(イソップ)。
症状は変えられない。でも、マインドは変えられる
難病という診断に圧倒され、人生の主導権を手放してしまう人が多いと感じる。
「症状は違っても、マインドの部分は自分次第ということは共通していると思う」
例えば明け方4時の撮影現場。周りがバタバタ倒れていく中、疲れやすいとされる難病患者の自分は笑顔で持ち堪えた。「誰よりも消耗しているはずなのに、どれだけ我慢強いの! あなた立派よ、かっこいいよ、と自画自賛が止まらない」
疲れやすいと悲観することもできる。だからすごいと讃えることもできる。後者を選んで生きてきた。「病気になってよかったと思う」、酒井さんは何度も口にした。
「リウマチ患者はよく世界で一番忍耐強い人と喩えられます。痛みは目に見えないから伝わりにくい。でも自分がこの病気にかかって、表面に表れない人の心の内側を想像できるようになったと思います」
あの人、さっきの言葉でピッと心に擦り傷が走った気がする。あの子、我慢してニコニコしてるけど、昨日眠れなかったんだろうな。人の心はなかなか踏み込めない領域だ。だが酒井さんはときにバールでこじあけてでもそこへ入っていく。「たぶん、自分がしんどかったとき、そうしてほしかったことがあったんでしょうね」
友情でも恋愛感情でもない。病気で養われた感受性のおかげでそれができるという。とはいえ、酒井さんが近しい人に自分から病気のことを話せるようになったのはここ数年のことだ。
「ずっと一人で抱えてきたし、きっとこれからも抱えられると思うから、話せる。誰か助けて、理解して、というマインドだったら話せなかったかも。自立した大人で、誰かに依存することがないからこそ、気兼ねなく言えるのかもしれないですね」
病気と20年以上のつきあいだから、逆に病気でない状態がわからない。何が普通で、何が病気なのか。だからこそ、自分のことは自分で決めたいと酒井さんは言う。
「ましてや完全な治療薬のない病気。医学で解明されていないのだから、私がどう解釈してもよくない? 自分で答えを出していいんですよねって」
『クロワッサン』1158号より
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