考察『豊臣兄弟!』4話 信長(小栗旬)が勝負に出る桶狭間。木下藤吉郎秀吉(池松壮亮)、誕生!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
名もなき者の桶狭間
小一郎(仲野太賀)が桶狭間合戦にいたのかどうか、歴史上は定かでない。
兄の木下藤吉郎(池松壮亮)も同様で、いずれも確かな資料は残っていない。
桶狭間合戦の主役である織田信長(小栗旬)はもちろん、今川方として軍を率いていた松平元康(のちの徳川家康/松下洸平)も、あの場にいたということが本に残され、後世に伝えられている。
だが名もなき者は、織田軍2,000~3,000人、今川軍25,000人という数字に含まれるのみだ。
『豊臣兄弟!』の桶狭間合戦は、歴史に名を刻んだ者だけでなく、名もなき者からの目線でも描かれた。
兄妹の固い絆
永禄3年5月19日(1560年6月12日)の夜明け前。
鷲津砦、丸根砦が今川軍の攻撃を受けているという急報を受けた信長は『敦盛』を舞ったと、織田信長の一代記『信長公記』(太田牛一著・慶長15年/1610年成立)にある。
本作の信長も出陣前、幸若舞『敦盛』を詠じ、舞う。
思えばこの世は常の住処にあらず
草葉におく白露 水に宿る月より尚あやし
金谷に花を詠じ栄花は先立って無常の風に誘わるる
南楼の月をもてあそぶ輩も
月に先立って有為の雲に隠れけり
人間五十年 化天の内をくらぶれば
夢幻の如くなり ひとたび生を受け
滅せぬもののあるべきか
(思えばこの世は永遠に住み続けられる場所ではない。草葉の上の白露、水に映った月よりももっと儚いのだ。かの大陸で栄花を極めた金谷は風の中に失せ、南楼で月を眺めて楽しんでいた者たちも雲に隠れる月のように消えた。
人間の世界の50年は、化天という天界では夢幻のように一瞬のことだ。
この世に生まれ出でて、滅びぬものなどあろうはずがない)
桶狭間合戦が描かれた映像作品ではお約束ともいえるこの『敦盛』の場面。
「人間五十年」のところから謡い出す作品がほとんどだが、本作では前段の「金谷に花を詠じ……」から詠じており、命がけの戦いに身を投ずる前の己自身に言い聞かせているかのようだ。
ちなみに、2020年大河ドラマ『麒麟がくる』では染谷将太演じる信長が、ふっと「有為の雲に隠れけり」部分から口ずさんだ。
前段を導入とするのは、近年の大河ドラマの傾向だ。信長の心情をより強く印象づける演出が増えている、とも言えるだろう。
信長の舞を見守るのは、妹のお市(宮﨑あおい)。
過去の大河ドラマでは1992年『信長・KING OF ZIPANG』のように誰も見ていないところで「人間五十年……」と呟くだけのパターンもあるが、『敦盛』シーンは大抵は誰かが見守っている。今回のようにお市、あるいは家臣団、または妻の濃姫(帰蝶)。
本作では信長の妻がまだ登場していない。
美濃国(現在の岐阜県)の戦国大名・斎藤道三の娘が桶狭間合戦の11年前、天文18年(1549年)に信長に嫁いだと史書『美濃国諸旧記』(作者・成立年不詳)にある。その女性は斎藤道三が隠居した鷺山城にちなみ、鷺山殿(さぎやまどの)と呼ばれたという、
しかしそれ以外は『信長公記』などに出てくるものの、存在の輪郭がはっきりしない女性なのだ。
濃姫という名は江戸時代の読本『絵本太閤記』で広く大衆に知られた名で、美濃から来た姫という意味で本名ではない。
信長は永禄3年の時点では3男1女の父だ。その子たちの母はこれから登場するだろうか。
登場したとしても、この信長とお市の間には割り込めなくて悩みそう。
本作の桶狭間前で描かれたのは、信長とお市、兄妹の固い絆だ。
織田信長の計略とは
信長は夜明けに馬を駆り城門から出で立つ。
突然の出陣に着いていけたのは、わずかな手勢のみだ。
慌てて後を追う織田軍、その中で走る藤吉郎・小一郎の兄弟。
藤吉郎「我らの敵は今川義元(大鶴義丹)にあらず!」
小一郎「狙うは城戸小左衛門(加治将樹)の首、ただひとつじゃ!」
戦で手柄を狙わず個人的な仇討ちをしようとする足軽がいるとは、織田軍勢の誰も想像すらしていないだろう。
信長は丹下砦を経て善照寺砦に入り、そこで兵の集結を待つ。
待っている間の軍議で、いかんせん敵の数が多すぎる、奇襲をかけるにも今川義元がいる本陣の場所がわからねばどうにもならぬと頭を悩ませる織田家臣団。
信長は「今は盛重に賭けようではないか」と不敵に笑った。この笑いの意味は後ほど明らかになる。
鷲津砦と丸根砦は辰の刻(午前8時頃)に陥落し、丸根砦を守っていた佐久間盛重(金井浩人)が討死したという報がもたらされる。
信長は善照寺砦の兵を集め、戦いの始まりを告げた。
「盛重の首が、我らに義元のまことの居場所を教えてくれたのじゃ」
「我ら一丸となり、一気に奇襲をかける!」
鳥の声に空を見上げた信長、天低く飛ぶ鳶をその目に捉える。
この前日(3話/記事はこちら)に小一郎が語った、百姓の知恵が脳裏に蘇ったのだ。
鳶が低く飛んだら、間もなく雨──。天運は我にありと笑い
「目指すは義元の首ただひとつ! 桶狭間じゃ!」
織田軍から上がる鬨の声。
小一郎が驚いて周りを見まわし、遅れて叫ぶ姿が初々しい。
善照寺砦から桶狭間まで約5㎞。
今川義元自ら指揮する本隊は、正午頃には桶狭間の小高い丘の上に陣を張っていたという。
そこを目指して、小一郎たち織田軍は進む。途中、雷鳴轟き雨が降り始めた。
激しい雨が今川勢の視界を遮り、進軍する織田勢を包む。叩きつける雨音が、具足の響きを打ち消す。
今川勢が気づいた時には、織田軍がすぐ目の前まで迫っていた。
驚いた今川義元は抗戦を呼びかけるが、この時、鷲津砦・丸根砦攻撃と、信長が鳴海城方面にいると判断してそちらに軍勢を割いており、本隊を守る兵は5,000。
信長が振り上げた采配を合図に、弓と鉄砲が撃ち込まれる。
戦いの火蓋が切られた──と、ここまでは書き残され、語り継がれた桶狭間合戦。
ここから先は名もなき足軽、小一郎と兄・藤吉郎の物語である。
兄弟の選択
両軍がぶつかる。
戦場の空気にのまれて動けない小一郎を尻目に、父の仇である城戸小左衛門は得意の槍を振るって次々と敵兵を薙ぎ倒し、突破口を開く。
自分にはやっぱり無理だと恐怖に支配された小一郎は、城戸を背後から狙い討ちしようとする藤吉郎を押し止めた。
「悔しいが、あいつは味方にとってはなくてはならん男じゃ!」
「あいつを殺したら、わしらも生きて帰れんかもしれぬ」
そうだ、小一郎はこういう男だ。第1話(記事はこちら)で、自分を殴った男(信長)に協力を呼びかけた時と同じだ。怒りや恨みよりも理性が勝る。
「わしは死ぬのが怖い。殺すのが怖い」
泣き伏す小一郎を抱き起こした藤吉郎、怒るかと思いきや笑って
「いつかあいつより偉くなって、顎で使ってやるとするか!」
藤吉郎はこういう兄だ。憎悪よりも肉親を大切に思う気持ちが勝る。
この兄弟に仇と狙われた城戸小左衛門という男、前回はパワハラ野郎だと断じたのだが、おやっと思う瞬間があった。
兄弟に斬りかかった敵の兵に、城戸の槍が突き刺さる。
城戸「打ち損じたか。戦場なら目障りな奴を殺しても気づかれんからな。敵じゃろうと味方じゃろうと」
わしらを狙ったんかと小一郎は憤ったが、城戸は兄弟を助けたように見える。
兄弟には殺す理由があるが、城戸にはない。
この男、憎まれ口を叩くのが癖になっているだけではないのか。これが気にくわない足軽を助けたことへの照れ隠しだとすると、前回の「戦守りは冴えない雑兵からもらった」も、何かを隠すための悪態ではないか。
そう思った瞬間、城戸は兄弟の目の前で敵に討たれた。
父・弥右衛門(小林顕作)も城戸小左衛門も死んでしまったから真実はわからない。
当時のことを知っているであろう人物は、あとは寧々(浜辺美波)の父・浅野長勝(宮川一朗太)くらいだが、この先に語られることがあるのだろうか。
嵐のように人の運命が交錯し、強者も突然骸(むくろ)となるのが戦場だと描かれる。
父の仇討ちという最大の目的を見失った兄弟、あとは生き残るのに精一杯となったその時。遠くから勝鬨が響き渡った。
馬廻衆・毛利新介(永田崇人)が義元を討ち取ったのである。
未(ひつじ)の刻(午後2時頃)、大将を失った今川軍は散り散りに敗走した。
茫然とする小一郎、よくわからないままに信長様が勝ったと大喜びする藤吉郎。
足軽は作戦を知らされず、全体像を掴めない存在。ただただ翻弄される姿にリアリティが感じられる、本作の桶狭間だった。
勝敗を分けるものは
戦のあとがまた、見ごたえがある。
清須に引き揚げる途中、信長様は天運をお持ちじゃと喜ぶ藤吉郎に、小一郎は
「そうであろうか」と疑問を呈し、今川軍を領内におびき寄せたことなど、信長の行動を分析し「すべては殿様の計略じゃ。たいした御方じゃ!」と感嘆する。
カリスマを信じるのではなく勝ちを導いた信長の知略を評するところが、小一郎らしい。
一方、当の信長はといえば清須城に戻り、家臣たちがいない部屋で
お市「まこと、兄上は悪運がお強いこと」
信長「わしもそう思う。あれこれ策を弄したところで上手くゆくとは限らぬ」
運が味方してくれたと勝利を噛みしめるのだ。
本作の今川義元は圧倒的な兵力を誇りながら、織田信長を甘く見ていなかった。
軍を率いる者が互いに知恵を絞り力を尽くし、それでもどちらかが負ける。
勝敗を分けるものは一体何か──。
それは運だと、信長は今回の戦いで痛感したのだった。
天は一体、どんな人物に味方して運を授けるのか。
信長の勝利は天運ではないとした小一郎だったが、漠然とでもその答えを持っている。
それが、論功行賞の場面で描かれた。
秀吉、誕生
後日、清須城内で行われた論功行賞。
手柄を決める手段は首実検であった。討った者が届け出た敵の首級を複数人で確認し、間違いないとされれば褒美が出る。写真などない時代なので、誰の首級なのかは寝返った武将など面識ある者の証言が必要だった。
今川義元を討ち取った毛利新介は母衣衆(ほろしゅう/信長直属の使番)に出世した。
ところで、この毛利新介とは別に、大きな褒美を得た者がいる。
簗田政綱(やなだまさつな/金子岳憲)だ。
どうやら前回、宴の後に佐久間盛重から今川への寝返りを打ち明けられた簗田は、そのまま信長に密告したようだ。合戦中、丸根砦で佐久間の裏切りが確定した時点で簗田は佐久間を誅殺。佐久間の首級を今川軍に差し出したのち、首級が今川義元に届けられるところを尾行して本隊の場所を特定、信長に注進した。
これが冒頭、信長の「(佐久間)盛重に賭けようではないか」の意味だったのだ。
ただ、簗田政綱、桶狭間合戦の後に3,000貫文の恩賞と沓掛城をもらったらしいということ以外、桶狭間で具体的に何をやったのか、よくわかっていない人物である。
佐久間盛重は史実では丸根砦で討死しており、佐久間盛重の寝返り計画から首級で義元本隊の場所特定までが本作オリジナル設定、フィクションだ。
藤吉郎と小一郎が今川家侍大将の首級を届け出た場面で、「天はどんな人物に運を授けるのか」について、小一郎の考えが示される。
藤吉郎が届けたのは、城戸小左衛門が腰に下げていた首級を奪ったもの。
こうした首は「拾い首」と呼ばれ、論功行賞の対象にはならない。
桶狭間で、小一郎が兄を諭す。
小一郎「こいつ(城戸)と同じことをするんか。そしたらわしらもこいつみたいに、いつかあっけなく死んでしまうわ。兄者はもっと高みを目指すんじゃろ」
誰もが知恵を絞り死力を尽くす戦場で、力ある者でも次の瞬間には命を奪われる。
生き死にの境界線に立った時に天が救いの手を差し伸べるのは、天に恥じぬ行いをする者ではないのか。それが、小一郎の指摘であった。
論功行賞の場において、藤吉郎は弟の言葉を思い出し、正直に言上する。
「この首は城戸小左衛門様の取った首でございます。わしらはたまたま近くにおっただけでございます。申し訳ございません!」
居並ぶ家臣団の呆れ顔。微笑んだ信長は偽りを不問とし、
「それは幸運であったな。これからお前は足軽組頭として大いに励め。
名は……秀吉と名乗るがよい。木下藤吉郎秀吉。その吉運にふさわしき名じゃ」
木下藤吉郎秀吉、誕生。
偽りの手柄を振り捨てたことで、歴史に残る名前を得たのだ。
おめでとう、藤吉郎。
信長は、小一郎に自分の近習となるよう声をかける。今回の大勝利は小一郎の力が大きいと評価したのだった。
「手前には荷が重すぎまする」「わしは!兄に従い、兄と共に殿にお仕えしとうございます!」
信長の脳裏に蘇る、永禄元年(1558年)の冬の夜。
弟・信勝(中沢元紀)を殺した夜。背後から柴田勝家(山口馬木也)に斬られた弟が「兄上…」と最後に遺そうとしたのは詫びる言葉か、それとも。
暗い記憶を心に押し込め、信長は小一郎に褒美として銭50貫文を与えた。
現代の金額に換算するのは難しいが『武功夜話』(尾張国前野家の家譜・寛永15年/1638年成立か)に、木下藤吉郎が足軽組頭となった時の禄高が50貫文、とある。
なので小一郎は、足軽組頭年収分の金をポンと受け取ることになる。
そりゃあ「きゃーっ」と乙女みたいな反応になるはずだ。
信長は草履を左右一足ずつ投げ与え、
「草履は片方だけではなんの役にも立たん。互いに大事にせい」
木下兄弟は歴史の表舞台に向かい、歩み出した。片方ずつの草履を履いて、二人三脚で。
次週予告。
『どうする家康』(2023年)で登場した尾張闘技場リターンズ。ボーナスのおかげか、小一郎の着物ちょっと良くなってない? 前田利家(大東駿介)登場。こりゃまた血の気が多そうな犬千代。次のミッションは鵜沼調略!
松平元康、今回の撤退前ご飯バクバク場面といいこの一瞬の表情といい、かなり面白い人物ではないか。
第5話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、白石 聖、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
黒田真道編『美濃国諸旧記』 国立国会図書館デジタルコレクション
幸若舞集『敦盛』 国立国会図書館デジタルコレクション