鬼おろし/すりこぎ棒──昔ながらの知恵が詰まった、郷土料理のための調理器具
撮影・松村隆史(料理)、黒川ひろみ
鬼おろし
粗くみずみずしくおろせる、竹製のおろし器
成田山新勝寺に続く表参道にある『藤倉商店』。1948年の創業以来、国内の職人が作る竹細工や木工品などを取り扱ってきた。
この店の20年余のベストセラーがオリジナルの竹製鬼おろしだ。
「鬼おろし」とは、鬼の歯のようにギザギザした刃が特徴の大根おろし器のこと。この鋭い刃のおかげで、食材の繊維が壊れず、水分を保ったシャキシャキの食感におろすことができる。北関東を中心に北陸地域の農山部で古くから親しまれてきた道具だが、藤倉商店の製品は形状がほかとは異なる。
「まず、刃は2種類。粗めと細めの両方がついており、残った大根も細めの刃を使えば安全に無駄なく使い切れます。また、専用の受け皿に固定すればおろす際の安定性も向上。使用後は受け皿に収納し、これごと吊るせます」
と、3代目店主の藤倉健さん。
「また、素材に用いる竹は熱の伝導率が低いので、摩擦熱が食材に伝わりづらく、栄養や風味も損なわれにくいんですよ。頑丈で丁寧に使えば10年以上長持ちします」
雪見鍋(石川県)
【作り方】
鬼おろしで大根1/4本をおろす。大根、白菜、白ねぎ、木綿豆腐、タラ各適量を食べやすく切る。タラは片栗粉をまぶす。鍋に水600ml、出汁用の昆布10cm、大根と白菜を入れて強火にかける。沸騰したら中火にし、約5分煮て火を通す。タラと木綿豆腐、日本酒大さじ1を加え、火が通ったら白ねぎと大根おろしをのせて火を止める。器に取り、醤油とかぼす汁をかけていただく。
すりこぎ棒
専門工房で作られる、国産山椒の木のすりこぎ棒
ごまや木の実などを細かい粉状にしたり、山芋をなめらかなとろろにしたり。食材をすり鉢ですり潰すためになくてはならない調理道具、すりこぎ。そのほとんどが木製で、中でも丈夫な山椒の木は、古くから最適とされてきた。しかし近年は、伐採や製作に手間と時間がかかることなどからその数が減ってきている。
「山椒の木はどこにでも生えているわけではなく、一日じゅう野山を探し回ることもあります」
と言うのは、栃木・益子町で国産の山椒の木を使ってすりこぎ棒を製作している『竹工房せきね』の関根理夫さん。秋口までは木に水分が多いため、立冬ごろから自ら山に入って切り出しを行う。重い木を担いで下り、およそ1年間乾燥させてから、ようやく加工に取り掛かる。これをすべて関根さんひとりで行っている。
「山椒の木は湿気を嫌うので、伐採後の乾燥時も製品の完成後も、風通しのよい倉庫で保管します。家庭ですりこぎを使う場合も、濡れたままだとカビが生えてしまうため、吊るして乾かせるように紐を付けました」
材料が希少な上、完成まで1年以上かかるにもかかわらず、注文が引きも切らない状態が続いているそう。その理由は一度使ってみると歴然。木肌は手になじみ持ちやすく、ほどよい重みと鉢にあてた際の手応えは安定感と安心感がある。一番人気は手ごろな16cmの長さのものとのことだが、鉢の大きさに合わせてあらゆるサイズを揃えたくなる。
そしてこのすりこぎ棒には、使いやすさ以外にも、郷土料理に用いられてきた先人の知恵があった。
「山椒の木は、皮の部分に解毒作用があり、擦るたびにほんの少しずつ粒子が食材に混ざることで、腐敗防止になるといわれています。冷蔵庫やクーラーがなかった時代の食あたり対策ですね」
五平餅(岐阜県)
【作り方】
炊き立てのご飯1合分を、水で濡らしたすりこぎで粒が少し残る程度につぶす。3等分し、串に俵形につけて冷ます。すり鉢にごまを入れてすり、くるみを加え、粒が残る程度に叩く。豆みそ50g、砂糖40g、醤油小さじ2、水大さじ2を加えて混ぜる。ご飯の両面にタレを塗り、持ち手にアルミホイルを巻く。オーブンシートを敷いた天板に並べ、250℃のオーブンで片面約5分ずつ焼く。
『クロワッサン』1151号より
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