【平松洋子さんエッセイ】暖簾の奥で行われる、静かなアップデート──1150号「老舗のいいもの。」に寄せて
文・平松洋子
「老舗には守りの姿勢が大事だと思っていませんか」
とある菓子舗の主に訊かれたことがある。明治期から続く和菓子の店で、一世紀を超えて代々引き継がれてきたのだから、と思い、「はい」と答えた。すると、短く切り揃えた白髪混じりの頭を左右に振って、そのひとは言った。
「もちろん守るのは大事です。でも、現状維持がいいわけではありません。よそさまには見えないところでああでもないこうでもない、足掻きながら微妙に変えています。でも、何が変わったか、お客さまにわかってはいけない」
率直な物言いに意表を衝かれたが、彼の真意は伝わってきた。暖簾に甘えたり頼ったりしていると、いくら老舗と呼ばれていても屋台骨が揺らぎ始めたらあっけない。
では、〈見えないところで〉〈微妙に変える〉とはどんな意味だろう。しかも気づかれないように、とは?
長く商いを続けていれば、歳月が進むうちに社会のありかたも変化するし、気候変動もあれば流行り廃りもあり、嗜好も移ろう。つまり、老舗は、時代を超えた大きなうねりを相手にしながら、同時に顧客によって培われてきた信頼を背負っているということ。〈見えないところで〉〈微妙に変える〉のは、大波小波を乗り越えてゆくための手立てなのだ。
食べものでもモノでも、それが人間の手から生まれる限り、自然な異なりの幅はある。道具にしても、五十年前と現在とでは寸分違わず同じというわけにはいくまい。たとえば、醤油や酒造りに使われてきた伝統的な木桶はすでに多くが姿を消し、木桶に必要な竹製のタガを締められる職人も、全国に数えるほどしかいなくなったと聞く。存続の危機に瀕している道具や技術は枚挙にいとまがないが、いっぽう、伝統的な技を継承するうえで、老舗の存在が歯止め役を果たしていることを忘れてはならない。
〈微妙に変える〉、すなわちアップデート。とはいえ、簡単には手の内を見せないところに老舗の矜持がある。おや変わったね、と言わせてしまえば信頼関係に水を差すことになる。「いえ、なにも変えておりません」と涼しい顔で応じながら、暖簾の奥ではなにかが緻密に更新されているはずだ。
「引き継いだものの良さを『変えたくないから、変えなくちゃならん』のです」
冒頭の菓子舗の主の言葉のきわめて繊細なニュアンスに、私は背筋が伸びる心地がした。
『クロワッサン』1150号より
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