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『風になるにはまだ』笹原千波 著──仮想現実のなかで生きる人々の交流

文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。

文・瀧井朝世

『風になるにはまだ』 笹原千波 著 東京創元社 2,090円
『風になるにはまだ』 笹原千波 著 東京創元社 2,090円

第13回創元SF短編賞である表題作を巻頭に置いた連作集。登場人物が少しずつ繋がっている。

近未来。さまざまな事情で生身の肉体で生きるのが難しくなった人が、仮想世界で〈情報人格〉として生活を続けることが可能となった社会。そこでの人間模様が描かれていく。

表題作では、現実社会で暮らす女子大学生が〈情報人格〉の40代の小春から依頼され、1日だけ体を貸すアルバイトに応じる。小春は大学生時代の同級生のパーティに出席したいという。身体と五感を共有しながらも、2人が受け取る感慨は違っていて……。

開発当初は〈情報人格〉になれば永遠に生きられると思われたが、少しずつその人の情報が欠片となり風に舞う、〈散逸〉という形の死が訪れることが判明。タイトルの意味がそこからきている。

自己とは、意識とは、肉体とは、生命とは、生とは、死とは、そして他者と関わるとはどういうことか。SF的設定の妙を味わうと同時に、そうした根源的な問いかけが抒情的な文章世界のなかで穏やかに、誠実に綴られて胸をつかれた。この夏父を看取ったのだが、風のなかに、散逸した父の欠片を感じるような思いがした。

  • 瀧井朝世 さん (たきい・あさよ)

    ライター

    著書に『ほんのよもやま話〜作家対談集〜』『偏愛読書トライアングル』など。

『クロワッサン』1151号より

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