『コンパートメントNo.6』ロサ・リクソム 著 末延弘子 訳── 寝台列車で出会った噛み合わない二人
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
二年ほど前、カンヌ映画祭グランプリを受賞した映画版を非常に面白く鑑賞していたので、原作邦訳が出たと知って読んでみた。
ソ連が解体する直前のモスクワ。フィンランド人の無口な留学生少女と、建設現場の出稼ぎに向かうロシア人の男が寝台列車のコンパートメントで同室となる。男はロシア自慢が止まらず、下品なことも口にして、少女をうんざりさせる。当時のソ連とフィンランドの関係性を象徴するかのようだ。
彼らの旅の目的地はモンゴルの首都、ウランバートル。車窓の景色はさまざまな変化を遂げ、列車が駅に停泊する際は二人も外へと出かけ、新たな出会いもある。さまざまな場所の特徴を楽しむなか、男も下品で傲慢なだけの人間ではないと分かってくる。が、彼らの間に相互理解、ましてや恋愛などは起きるわけではない。それでも心を通わせる刹那があって、旅の最後には、読者もなんだかいい出会いだったと思えてくる。通じ合えない者同士でも、相手を思いやることはできるのだ、と。
映画では少女側が旅に出た事情が異なり、旅の目的地は極北の町、ムルマンスクとなっていて、またちょっと違う味わいだった。小説とあわせて楽しむのもよし。
『クロワッサン』1151号より
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