【俳優・広瀬すずさんに聞いた】時代という便利な言葉で、思考を止めちゃいけない──映画『遠い山なみの光』
撮影・シム・ギュテ スタイリング・遠藤彩香 ヘア&メイク・小澤麻衣(mod’s hair) 文・長嶺葉月
はじまりは、広瀬すずさんの元に石川慶監督から届いた手紙だった。
「お手紙には『今までにない、大きな題材に立ち向かっています』と書かれていました。これまでに人間の深層を描き続けてきた方なのに、それ以上のものってあるの?と驚いたのを覚えています。でも、脚本を読んでみると監督の言葉が腑に落ちました。ずっと“もや”がかかっているようで、どんなふうに演じればいいのかイメージが掴めなかった。こんなに不思議で違和感のある役と出会う機会はないし、素直に監督と同じ船に乗ってみたいと覚悟を決めました」
広瀬さんが演じるのは、終戦間もない長崎で新婚生活を送る主人公・悦子。その後に長崎を離れ、イギリスで1980年代を生きる悦子(吉田羊)の回想が交錯しながら描かれるヒューマンミステリー。
「私が演じた悦子という女性は、正直、今もよくわからないままなんです。唯一確かなことがあるとすれば、長崎で佐知子(二階堂ふみ)と出会って、当時の女性としては枠に収まらない、自由な思想と生き方を謳歌する彼女に抱いた本能的な憧れ。その感情を頼りに、あとは現場での相手のセリフや空気感を肌で感じて、その瞬間に自然に生まれたお芝居をする。撮影が始まってみると、無意識にふみちゃんの話し方や台詞回しに引き寄せられている自分に気づいたんです。不思議な感覚なんですが、佐知子が語り続ける長回しのシーンでは、まるで自分が話していると錯覚することさえありました」
時代の空気も社会の常識も、現代とはまったく異なりながらも、女性が生き抜く力強さを感じていた。
「家族に尽くしながら生きる悦子は脆そうに見えるけれど、内側には確固たる意志やピュアな好奇心があって、それをお腹の中でグツグツと抱えている。その息づいているものが悦子を外の世界へと向かわせたのかな。悦子がイギリスに渡ったのも、現状から逃げるとか、生き直すといった言語化された動機ではなかったと思うんです。すべてを手放しても怖くない、そんな境地だったのではないかと個人的に解釈しました」
直近の本作を含め、大正時代や戦後、昭和後期を舞台とした、時代モノへの出演が続いている。
「一番は知らない時代の価値観や当時の女性の生き方について、身をもって感じてみたいという好奇心からでした。どの時代においても人の価値観は複雑ですし、感情にも奥行きがある。時代だから、昔の話だからと思考を止めないで、たとえ理解するのは難しくても、違和感やズレといった細やかなグラデーションを感じ取れる自分でありたいんです」
『遠い山なみの光』
ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロの長編デビュー小説を、『愚行録』『ある男』の石川慶監督が映画化。戦後間もない1950年代の長崎と1980年代のイギリスを舞台に、3人の女性の過去や記憶、彼女たちのついた嘘を辿る。
9月5日(金)より東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
『クロワッサン』1148号より
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