うま味が詰まった昔ながらの製法。“ろ過しない”「にごり酢」に注目
文・岡のぞみ
にごり酢は名前の通り、お酢の中にほんのりとにごりがあるのが特徴です。このにごりの正体は、お酢づくりに欠かせない「酢酸菌」。一般的なお酢の多くは、販売時の見た目や保存の安定性を優先し、酢酸菌をろ過して取り除いています。しかし、あえてこの酢酸菌を残したのが「にごり酢」。昔ながらの製法で丁寧に造られた、旨み豊かなお酢なのです。
酢酸菌を残すという選択
お酢の原料は「酒」。お米からアルコールをつくり(アルコール発酵)、さらにそのアルコールを酢酸菌の働きで酢へと変える「酢酸発酵」という、二段階の発酵によってつくられます。酢酸菌は液の表面に皮膜状に生育しながら、アルコールをじっくりと酢酸に変えていきます。
市販のお酢の多くは、この酢酸菌をろ過して除いてしまいます。その理由は、見た目が濁って見えたり、沈殿物が「異物」と誤解されることを避けるため。しかし、酢酸菌にはアミノ酸をはじめとするうま味成分が多く含まれているのです。
その酢酸菌をあえて残したお酢が「にごり酢」。酸味がまろやかで、旨みをしっかりと感じられるのが特徴です。また最新の研究で、酢酸菌には免疫を整える働きがあることがわかってきました。花粉症などのアレルギー症状をやわらげるとも言われており、季節の変わり目の不調対策としても注目されています。
“にごり”は美味しさのしるし
江戸時代までは、現在のような高度なろ過技術がなく、粗ろ過の製法が中心だったため、“お酢はにごっている”のは、当たり前のことだったそう。自然なままの状態で出回っていたお酢には、当然ながら酢酸菌も多く含まれていました。時代が進むにつれ、ろ過技術が発展し、透明でクセのないお酢が好まれるようになりました。
しかし近年では、白米ではなく玄米を好んだり、野菜を皮ごと調理したりと「自然のままを楽しむ」「素材本来の力を活かす」といった食のスタイルが見直されるように。その流れの中で、お酢も昔のように本来の姿で味わいたいと、にごり酢に注目する声が高まっているのです。
全国各地で受け継がれる、伝統の酢づくり
にごり酢の復興は、各地の老舗蔵元から始まっています。たとえば、福岡県大川市で300年以上の歴史を持つ「庄分酢」は、今でも伝統的な“甕(かめ)仕込み”を守る貴重な存在。仕込みは年に二回、春と秋のお彼岸の時期に行うのが習わしです。
原料の米を丁寧に浸水し、足踏みで割ってから蒸し上げる。それを甕に移し、甕ごとに責任者を決めて発酵を管理します。甕の高さはおよそ2メートルもあり、中で酢酸菌がじっくりと働きながら、うま味たっぷりのお酢を育てていきます。仕込みから熟成まで、手間も時間もかけてにごり酢はつくられます。
注目の「にごり酢」、選ぶならこの3本
にごり酢は、発酵という自然の営みと、蔵人たちの丹念な手仕事によってつくられています。食を楽しむことは、心と身体を整えることにもつながります。少しだけ手間のかかるもの、昔ながらの知恵が活きるものを、台所にひとつ取り入れてみませんか。
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