考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』11話。初めての浄瑠璃に女郎たちは感動の涙。蔦重(横浜流星)「幼い頃より郭で育ち、一度も芝居を観ず、この世に別れを告げる者もおります」
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
吉原と幕府が互いに刺激し合う
蔦重(横浜流星)の耕書堂が満を持して世に出した『青楼美人合姿鏡』は、鶴屋喜右衛門(風間俊介)の「これは売れません」という言葉通り、話題になった割に売れなかった。落胆から始まる11話は、今後深く掘り下げられるであろうふたつの要素、芸能と身分差別が描かれた。
安永5年(1776年)4月。48年ぶりの日光社参が執り行われた。幕府の威信をかけて煌びやかに仕立てた長い長い行列は、出発だけで12時間かかり、嘘か誠か、将軍とすべての大名が成す行列の先頭が日光に着いたとき、最後尾はまだ江戸城を出たばかりだったという逸話が残るくらいだ。
行列の見物客で茶店は大繁盛。大黒屋りつ(安達祐実)が手に取っているのは、行列に加わった大名の官職、家紋と石高、槍の鞘と柄の特徴などを記したガイドブック(細見)だ。開かれた頁には「御老中」とある。松平右近将監(まつだいらうこんのしょうげん)と記されているのは松平武元(たけちか/石坂浩二)、三万石・田沼主殿頭(たぬまとのものかみ)は田沼意次(渡辺謙)。田沼の上屋敷は神田橋ということまで書いてある。
行列を眺めながら飲み食いし、やってきたのは誰の行列なのか細見で調べて皆でわいわい語り合う。とても楽しそうだ。
見物客の様子を眺めて、大文字屋市兵衛(伊藤淳史)が「こういうことだよな!」と閃く。
大文字屋が思いついたのは、吉原で「俄(にわか)」を祭りとして催すという企画だった。
役者ではない素人が芝居の真似事をする「俄」。吉原の宴席では幇間(ほうかん/太鼓持ち)らが歌舞伎の一場面などを演じて場を盛り上げていたのだそうだ。突然(俄に)演じることから、この名がついた。
ドラマでは、平賀源内(安田顕)の進言によって田沼意次が、吉原の花魁道中を参考にした日光社参で街道筋の経済活性を図った。今度は吉原が社参を手本にして吉原に見物客を呼び込む。吉原と幕府が互いに刺激し合う構図が興味深い。
扇屋宇右衛門(山路和弘)の「(祭りを)老若男女楽しめるものにすりゃ吉原の評判も上がんじゃねえかってこった」という言葉から、忘八連合が蔦重の「吉原の格を上げる」ブランディング戦略を継続することがわかる。その戦略の第一弾『青楼美人合姿鏡』は大して売れなかったのに、だ。
忘八らが蔦重の熱さに、夢に引っ張られてゆく。それは儲けのためだけではあるまい。
なんで役者は吉原の出入りを禁じられてるんですかね?
俄祭りの目玉として江戸で一番人気、富本節の通称「馬面太夫」に出演依頼をすることとなった。浄瑠璃の太夫(語り手)、富本豊志太夫(寛一郎)とは、面長だから馬面太夫と異名がついた男だ。なんとも、江戸っ子は口が悪いというか。しかし、父の初代・富本豊前掾亡き後、大活躍中の若き太夫である。
馬面太夫どころか富本節自体に関心がなかった蔦重は、大黒屋りつに吉原のあちこちの宴席で富本節をやっていると教えられても「やってますぅ?」。それに次郎兵衛(中村蒼)、「やってるよ。俺もしょっちゅうやってんじゃない」。
あれ、富本節だったんだ。ていうか浄瑠璃だったんだ。次郎兵衛リサイタル、実は何を歌ってるかわからなかった。ごめんね、義兄さん。
蔦重は次郎兵衛、大黒屋りつと共に芝居小屋へ。酒盆と煙草盆を携えて桝席(ますせき)に座る。周りのお客も、お茶を飲んだりお菓子を食べたり。
「千草の中に恋草は月の桂の男ぶり……(『都見物彩色紅葉』)」
豊志太夫の艶やかな声に導かれるように、花道に歌舞伎役者・市川門之助(濱尾ノリタカ)が現れる。蔦重は初めて聞く富本節、初めて見る芝居に魅せられた。こりゃあいい……!
良いと思ったら即行動が蔦重である。 早速、楽屋から出てくる豊志太夫に交渉を仕掛けた。出待ちは基本迷惑行為だが、江戸時代だからセーフ。この場面で「キャーッ午之助さまぁ!」と、ただのファンと化してしまう大黒屋りつが可愛い。
出演交渉は失敗。豊志太夫には「俺は吉原は好かねえんだ」と、けんもほろろに断られた。
鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)が富本節の正本(パンフレット兼シナリオ)出版を狙って豊志太夫に接近していると知った蔦重は、耕書堂で富本節正本を扱う夢を見る。
吉原を、耕書堂を流行書籍の発信地に。そのきっかけとして、まず豊志太夫の正本を出させてもらえれば……。たった今本人から拒絶されたばかりだというのに前向きな発想が出てくるとは、今週も蔦重のポジティブブルドーザーぶりが凄い。
大黒屋りつが調べて得た、豊志太夫の吉原嫌いの理由。歌舞伎役者の門之助と共に駆け出しのころ、素性を偽って吉原に女郎を買いに来て、裸で叩き出されたのだという。役者は遊郭での買春行為を禁じられていた。蔦重の「そもそもなんで役者は吉原の出入りを禁じられてるんですかね?」という疑問に、次郎兵衛が事も無げに答える。
次郎兵衛「そりゃあ、役者は分としては四民の外。世間様の外だからだろ」
四民。「士農工商」の考え方は古代中国で生まれ、日本においては江戸時代に身分制度として採り入れられた。武士を「士」として支配階級に置き、それ以外の百姓、職人や商人といった町人に身分としての上下関係はない。四民の外に置かれた人々は制外者(にんがいもの)として被差別身分に固定された。役者はこの制外者に当たる。
若木屋与八(本宮泰風)「役者なんぞに上がられたらうちの畳が総とっかえにならあ」
大黒屋りつ「俺の女を役者に抱かせてんのかって言いだして」
畳を替えねばならない、馴染みの女郎を役者に抱かせるわけにはいかない。ここには、日本独自の「穢れ」の観念が存在していると思われる。室町時代に京の都において、河原で屠畜と皮革加工をする者、造園技術を持つ者、芸能活動をする者などを「河原者(かわらもの)」と呼んだ。かぶき踊りの祖、出雲阿国も京の四条河原で興業を行ったことで知られる。昨年の大河ドラマ『光る君へ』で触穢(しょくえ)の描写があったことをご記憶の方は多いだろう。死んだ獣の皮を扱うことを穢れとする考え方は平安時代以降も根強く残り、河原者は穢れているとして差別された。
「ひんむきゃみんな人なんて同じなのにさ!」大黒屋りつの言う通りである。誰もが人間であることに変わりはない。彼女は、役者の持つ影響力が支配者階級にとって脅威であることも語る。皆の憧れの対象になる役者。彼らが社会に与える影響を抑えるため「しょせん世間様の外」と差別されるような仕組みを作ったと。
大衆が賞賛するアーティストを恐れて支配者が潰す、映画『犬王』(2022年・原作/古川日出男『平家物語 犬王の巻』)でも描かれた構造だ。
本作は進むにつれ、江戸時代にあった階級差別や身分差別が徐々に画面に現れる。なんとも辛い話だが、蔦重の明るさと登場人物たちの強く生きる様が救いである。
蔦重と瀬川の再会
大文字屋市兵衛は鳥山検校(市原隼人)から、豊志太夫に働きかけてもらうことを思いついた。「豊志太夫の富本節は浄瑠璃、浄瑠璃の元締めは当道座。当道座のトップは検校。五代目瀬川(小芝風花)を身請した鳥山検校なら、話を聞いてくれるはず!」と、こんな考えのようだ。
当道座はレビュー第8回(記事はこちら)で述べた通り、室町時代に組織された盲人による音曲、鍼灸の職能集団である。琵琶の音とともに経文や『平家物語』を語る琵琶法師の流れから、戦国時代には三味線に合わせて『浄瑠璃物語』(『浄瑠璃姫十二段草子』)を語る芸能が生まれた。浄瑠璃はその後、複数の流派に分かれ、当道座はその統括として流派と太夫の認定などの権限があった。ただ、江戸時代に入って盲人以外の浄瑠璃芸能者が増えたこともあり、当道座の浄瑠璃芝居への影響力は徐々に衰えていったという。
このような背景から、大文字屋市兵衛の発案は全くの的外れではない。しかし「瀬川を頼るなんて」と気の進まない蔦重を伴って、鳥山検校の屋敷を訪れた。
蔦重と再会した瀬川の嬉しそうなこと! 丸髷に文庫結びの帯、着物の裾を流した引き着。いかにも良家の若妻という出で立ちがよく似合っている。花魁姿から一転、見まごうばかりの御新造(武家の妻、裕福な町家の妻の敬称)ぶりにわずかに戸惑う蔦重、横浜流星の一瞬の芝居が別れた彼女に会う彼氏のようで、細かい。
すぐに以前の通りに打ち解けて笑い合う瀬川と蔦重らの声に、廊下で歩みを止める鳥山検校。瀬川の快活な話しぶりは、彼がこれまで聞いたことのないものだろう。この障子の向こうに、自分の知らない彼女を知る男がいる。
検校「楽しそうだな、お瀬以(せい)」
蔦重「お瀬以……」
検校「もう花魁ではない。私の妻なのでな」
花魁が身請けされたのちに妾になることは珍しくなかった。正式な妻として迎え入れた検校は、瀬川、いやお瀬以を本当に大切にするつもりだ。それだけでも安心した。
さて、大文字屋の考えは、豊志太夫の富本豊前太夫襲名の認定を鳥山検校から出してもらえば、吉原が豊志太夫に恩を売った形になり、「俄祭り」に出演してもらえる筈というものだ。しかしその願い出は検校から断られる。お瀬以からの口添えも効果はなく、大文字屋と蔦重は帰っていった。あとを追おうとするお瀬以の手を取った検校が、
検校「脈が速い」
お瀬以「そりゃあ……旦那様に、このように触れられては」
検校はお瀬以の胸の高鳴りも動揺も感じ取っている。花魁時代に身に着けた甘い言葉ではぐらかすのは逆効果だったのではないか。彼女が飾らずにいられる蔦重との会話の後では。
生まれて初めて触れる本物の芸能
大黒屋の振袖新造(若い見習い女郎)・かをり(稲垣来泉)の「わっちは籠の鳥。まことの芝居など見たことありんせん」という言葉から、蔦重は豊志太夫に働きかける作戦を思いついた。
向島の料亭に豊志太夫と市川門之助を呼び出し、まずは吉原の楼主として大黒屋りつと大文字屋市兵衛が、誠心誠意のお詫び。その上で大黒屋、大文字屋から連れてきた女郎たちで思う存分のおもてなしだ。
この宴席で、市川門之助と女郎たちが興じる目隠し鬼「鬼さんこちら」が「由良さんこちら」の替え歌になっている。これは浄瑠璃および歌舞伎の名作『仮名手本忠臣蔵』七段目、祇園一力茶屋の段から。主君の仇討ちの志を秘めた大星由良助が敵の目を欺くために遊興に耽る。その場面の目隠し鬼で「由良さんこちら」と歌われるのだ。しかも由良助の七段目での着物は紫色で、市川門之助の着物の色と同じ。人形浄瑠璃、歌舞伎ファンは「おおっ」と身を乗り出さずにはいられない。
浄瑠璃や歌舞伎と切っても切れない、蔦屋重三郎が主人公の大河ドラマならではの小さな、しかし見逃せない遊びだ。
もてなされた豊志太夫と市川門之助がご機嫌になったところで、蔦重が少しだけ富本節を女郎たちの前で語り舞って見せてくれないかと頼んだ。ふたりは快諾、さっそく『都見物彩色紅葉』を語ってみせるが、真剣に見つめていた女郎たちの目が潤み始め、涙が止まらなくなった。こんな座興でと驚く太夫らに、蔦重が彼女たちの境遇を説く。
蔦重「慣れてねえんですよ」「座敷芸で芝居や浄瑠璃に親しむものの、幼い頃より郭で育ち、まことの芝居を観たことがないものがほとんど」「一度も芝居を観ず、この世に別れを告げる者もおります」
浄瑠璃作家・近松門左衛門を主人公としたNHKの傑作時代劇『ちかえもん』(2016年)。近松門左衛門(松尾スズキ)の馴染み女郎・お袖(優香)が「女郎だから浄瑠璃を見たことがない」と笑う切ない場面と重なる。
『都見物彩色紅葉』は大原女(都で薪を売り歩く大原の女性)と都見物に来た男性との恋を描いたもの。浄瑠璃の世話物(一般民衆が主である社会劇)は『心中天網島』にしろ『曾根崎心中』にしろ、女郎をヒロインとする作品が数多くある。それなのに、現実の遊郭の女郎たちは本物の芝居とは縁が薄かったのだ。
もともと家が貧しいから売られた娘たちである。遊郭に来る前から浄瑠璃、歌舞伎を見るような機会はなかっただろう。
そんな彼女たちが、生まれて初めて本物の芸能に触れて心を震わせている。しかも自分の芸で。この姿を前に、胸打たれない表現者などいないだろう。
「俄祭で吉原の女たちに富本節を聴かせてやってほしい」という蔦重の頼みを、豊志太夫と市川門之助は快諾した。そして豊志太夫の富本節を聴いた鳥山検校から2代目富本豊前太夫襲名を認めるという報せが届いたのである。女郎たちの感動の涙と、検校に認められたことと。何重もの喜びを噛みしめる太夫は、蔦重の豊前太夫の正本直伝も許すのだった。
それにしても、寛一郎の富本節と濱尾ノリタカの舞い。三味線を奏でた安達祐実、伊藤淳史、市原隼人。出演者自身の伝統芸能への挑戦が素晴らしい。
先述の『ちかえもん』では竹本義太夫役の北村有起哉が、クライマックスで『曾根崎心中』を見事に語った。
現代の人気俳優が自ら演じることで、多くの人が本物の伝統芸能にアクセスしやすくなるのではないだろうか。
平沢常富に台詞が
今回は平賀源内(安田顕)が夢中で実験している。ついにエレキテル登場! エレキテルとはオランダで発明された静電気発生装置である。源内が蔦重の頭ペチペチ叩きながら説明した通り、医療器具として開発された。源内は長崎で入手した壊れたエレキテルを基に、自作を試みているのである。
この場面では新之助(井之脇海)と、うつせみ(小野花梨)の近況にホッとした。無謀な足抜けの失敗で目が覚めて、彼はうつせみを身請けするために貯金をしている。そしてうつせみは、蔦重から和算書を借りて勉強中だという。読み書き算盤のうち読み書きはできるから、あとは算学をと。いつか吉原を出たときに食べてゆけるように。松葉屋女将いね(水野美紀)の喝が効いたのか、うつせみも新之助も現実的に、しかし着実に未来を目指している。本当によかった……ふたりの幸せを神様と本作の脚本家・森下佳子に祈る。
あともう一点注目したのは、耕書堂で蔦重を待ち受け、「いやあ、いいもん作るねえ!」と『青楼美人合姿鏡』を絶賛する客として登場した平沢常富(尾美としのり)。ついに台詞あり、蔦重の前にしっかりと現れた。どっかでお見掛けしたようなと首をかしげる蔦重だが、毎週画面の端にいる尾美としのりを見つけていた者としては、あんなにも吉原に入り浸っていればそりゃあね……という気持ちである。
そう、平沢常富は鶴屋喜右衛門の言うところの「よほどの吉原好き」なのだ。加えて「よほどの浮世絵好き」。勝川春章と北尾重政、ふたりが揃っていることの凄さがわかるのは常富自身が本に深く関わる人物だからなのだが、今回は蔦重に自分の素性を名乗らなかった。
これから先のお楽しみのようだ。
鱗形屋孫兵衛の出版した青本『金々先生栄花夢』の作者、恋川春町(倉橋格/岡山天音)と共に、蔦重の出版物に関わる戯作者たちがいよいよ本格登場してきた。
しかし当の『金々先生栄花夢』を、元服した賢丸・松平定信(寺田心)が「かようなもの」と手に取り作者「恋川春町」の名に目を止めていて……何やら不穏!
次週予告。
尾美としのりを探せ! ならぬ、覆面作家・朋誠堂喜三二を探せ! 地本問屋にとっては喜三二は神様、大明神様。俄祭り開催! 忘八らがまたも大揉め。耕書堂に本を求めてお客さんが詰めかけてる。これは現実? それともいつもの蔦重の妄想?
12話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
公式ホームページ
脚本:森下佳子
制作統括:藤並英樹、石村将太
演出:大原拓、深川貴志、小谷高義、新田真三、大嶋慧介
出演:横浜流星、安田顕、小芝風花、高橋克実、渡辺謙 他
プロデューサー:松田恭典、藤原敬久、積田有希
音楽:ジョン・グラム
語り:綾瀬はるか
*このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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