浮世絵を通して縁起物の魅力を知る——対談:本間美加子さん・日野原健司さん
撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・中條裕子
時には遊郭で息抜き?ユーモラスに描かれる七福神
日野原 浮世絵に描かれている縁起物といった場合、大きく分けると2種類あります。年中行事が描かれている中に縁起物があるパターンと、浮世絵そのものが縁起物というか、ある種のお札のようなものとして作られているパターンです。
本間 後者でいうと、お正月に売っていたという初夢の絵は、今はあまり残っていないんですか?宝船の絵を売る人がいて、それを買って枕の下に敷いて寝るとよい夢が見られるとされていたんですよね。
日野原 ほとんど残っていないですね。庶民が枕の下に敷く絵は、墨1色でごく簡単に描かれたもので、おそらく起きた後に捨ててしまっていたんでしょう。下の絵は同じ宝船の絵でも超豪華版。3人の浮世絵師による合作です。
本間 宝船のモチーフや七福神が今と変わっていないことに感動します。
日野原 七福神は浮世絵でもユーモラスに描かれることが多いです。大黒天と布袋尊と恵比寿が吉原遊郭で遊んでいる絵なんかもありますし。人間臭さや親しみやすさというのは、縁起物にとって大事なポイントかも。あまりありがたみが過ぎても、恐れ多い気持ちになりそうですから。
本間 親しみが湧かないと、身近に置いて力を借りたいという気にはならないですものね。私も玄関にお気に入りの縁起物を置いているんですが、「行ってきます」「ただいま」と心の中で語りかけたりしています。縁起物が好きな人って単にご利益を求めているだけでなく、皆それぞれの思いがある気がします。
日野原 次の絵も、家に貼るためのもの。「これを家に貼っておくとネズミが出てきません、もし出たとしてもイタズラしません」といったことが書いてある。
これは歌川国芳が描いたものですが、本来は「猫絵」といって、もっと簡素なネズミ除けの絵だった。猫絵を専門に売る人もいたらしいです
本間 当時、特に養蚕農家などではネズミは大敵だったといいます。猫は人間に近い存在であり、暮らしの味方だったんですね。
日野原 次の絵もお札のような役割をしていて、「疱瘡絵」と呼ばれるものです。当時子どもたちが疱瘡(天然痘)にかかりやすく、重症化する可能性も高かった。この絵は病気除けや回復祈願のためのおまじないとして描かれました。疱瘡で目を傷めることもあったので、目がぱっちりしているみみずくが好まれたそうです。
本間 耳が立っているのはウサギを重ね合わせていて、「回復して元気にぴょんぴょん跳ね回れるように」という願いが込められているという話も聞いたことがあります。
日野原 ただこうした絵も、病気が治ったら水に流したり焼いたりして処理したはず。だから残っているものは少ないんですよ。
本間 新型コロナウイルスが流行した際も、アマビエの絵などを飾る人もいましたよね。どんなに科学が発達しても、こういう気持ちは昔も今も一緒なんだと思うと感慨深いです。
日野原 最後に紹介したいのは次の絵です。描かれているのは、十二支が合体した動物。これも家内安全を守るお札として、室内に貼られていたのだと思います。
本間 十二支の特徴が全部入ってるんですね。今でもその年の干支のものを飾る習慣がありますけど、これなら毎年替えなくていい(笑)。
日野原 この絵を展示した際に人気があったので、マスコットを作ったんですよ。今も美術館で販売中です。
本間 かわいいですね!すごく細かく再現されていますし。
日野原 ある意味、縁起物から生まれた縁起物です。でも昔からそうだったんじゃないかな。誰かのちょっとしたアイデアが広まったり、そこからまた新しい形が生まれたり。名もなき人たちのささやかな思いが重なり合って、形になっていくのが縁起物なのかなと思います。
本間 そうやって生まれてきた縁起物を手にすることで、そこに込められた思いや願いを自分も共有できる。それもまたうれしいんですよね。
ふくもの堂
全国各地の縁起物=「ふくもの」や、縁起物にまつわる本を扱うお店。不定期でイベントやワークショップも開催。
東京都世田谷区代田5・7・9
TEL.03・6453・4782
営業時間:水・木・金曜(土曜はイベント時のみ)13時〜18時
https://fukumonodo.com
太田記念美術館
国内有数の浮世絵専門の美術館。3月26日まで『生誕190年記念 豊原国周』を開催中。
東京都渋谷区神宮前1・10・10
TEL.050・5541・8600 10時30分〜17時
休館日:月曜(展示替え期間はHP参照)
https://www.ukiyoe-ota-muse.jp
『クロワッサン』1136号より
広告