【承香院さんの五感で楽しむ平安ガイド Vol.3】平安の夜の明るさ暗さを感じてみる。
撮影・青木和義 構成&文・中條裕子 撮影協力・バックグラウンズファクトリー
平安の夜のほの暗さと明るさを体験。
現代は家の内も外も、本当の意味での夜の暗さを感じることはなくなりました。けれど、電気が普及する前の時代には、いったいどのように明かりをとっていたのでしょう? 平安当時の夜の闇とほのかな明るさを体感するため、承香院さんは当時使われていた照明器具を再現してみたそうで、今回の撮影に使ったのがそれ。円形の基台に中央部分の少しくびれた柱を立てて、その上に明かりを灯す油皿を置く台のようなパーツを取り付けています。
「こちらは高灯台という平安時代の照明器具です。中尊寺に遺されていたものと基本的に同じ形状と寸法で職人さんに作ってもらい、自分で黒漆を塗りました。当時は部屋の広さに応じてこうした高灯台が何台か置かれていたのだと思います」そう言いながら、油皿に油を注ぎ、い草の芯(現代の燈明などで使用されているもの)を何本か適当な長さに切ったものを浸していきます。その芯に火を灯すと、途端にあたりがぼんやりと黄色味を帯びた光に包まれました。
「どこか懐かしさを感じさせる炎の色ですよね」と、承香院さんがい草でできた灯芯の先を皿から少し押し出すと、炎がぽっと明るく灯る。こうして芯の長さと本数で、明るさを調整したのだという。ちゃんと調光もできていたとは驚き!
ほんのりと灯るともし火の下で文や絵を眺めてみる。
「この灯りは和紙の色合いと、とても合うのです。けれど、ちょっと離れると手紙も読めなくなってしまいます」そんなほのかな灯りを頼りに、大切な人から届いた文なんかを夜更けにそうっと読み進めていたのだろうか、などと想像もふくらんでいく。
「私がよくやるのは、絵巻ものなんかをこの灯りで見ること。肉筆で描かれた絵巻であれば銀や金が使われていて、特に銀はグレーに見えたり、輝く白に浮き上がって見えたりと角度によってニュアンスが全く変わってくるのです。実際の装束も角度で光沢が変わるのですが、高灯台の火影で見るとそうした絹の光沢の印象が大和絵にはリアルに表現されているんだなあというのが感じられて。そのように実践をしながら楽しんで見ております」
煌々とした照明とは異なる夜の世界で見えるもの。
『枕草子』にもそうした章があるのだという。“夜まさりするもの” “火影におとるもの”――それぞれ夜のほの暗さと、ほの明るさの元ならではの見え方、感じ方を清少納言が語っていて、読めばなるほど、と思わせてくれます。たとえば、夜陰でよく思えるものとして濃い紅色の絹織物や琴の音を挙げながら、そこに「顔立ちが今ひとつでも雰囲気のある人」と加えるのはいかにも清少納言らしく……さすがです。ちなみに、火影で見劣りするのは紫の織物や藤の花とのこと。やはり織物の色の見え方は当時の人にとってとても大事だったよう。
「ほのかな灯りで見た方がよかったり、逆に劣ってしまったりする。それがどういう感覚だったのか? ということを考えてしまいます」と承香院さん。現代の煌々とした照明とはまた異なる、夜の世界が平安の当時は広がっていたのだろうなあと思わせます。
「中でも御簾越しの灯りはぼやーっとして独特ですね、やはりとても艶かしい感じ。まさに物語の世界。あの灯りしかないですからね、夜の室内は」そんな言葉とともに、最後に承香院さんが演出して見せてくれたのは、端近くまで出て月を眺めている袿姿(うちきすがた)の姫君の姿。「こちらの姫君は御殿の端近くに立って、月や蛍を見ながら歌を詠もうと袿姿で物思いに耽っているところでしょうか。それを女房が少しハラハラしながら室内から見守っているような。仕えている人の目線からの一場面です」平安の夜のほの暗さの雰囲気をぜひ一緒にご体験ください!