乗馬にハマった長野智子さんと、深野聡さんが語り合う「馬の魅力」。
その魅力や人とのコミュニケーション、そして知られざる意外な一面に迫ります。
撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
はるか昔から人間と深い関係にある馬。人と馬は、本当に通じ合うことができるのか? 10年前に乗馬を始めたという長野智子さんと、老舗乗馬クラブ、東京乗馬倶楽部にて長年乗馬の指導や馬の調教に携わり、現在は人と馬の関係づくりに力を注ぐ深野聡さんが語り合った。まずは馬と関わるようになったきっかけから。
深野聡さん(以下、深野) 私は高校生の時に馬術部に入ったんです。大学でも続けて、インターハイなどさまざまな競技会にも出場しました。
長野智子さん(以下、長野) 高校生の時に初めて乗ったんですね。第一印象はいかがでした?
深野 まずはその大きさにびっくりしましたね。乗ると、地面を歩いている時とは全く目線が違いますし。
長野 私も初めて乗った時、馬の背中の高さに驚きました。こんなに高いのにシートベルトなし?って(笑)。
深野 私も最初の頃は何度も落ちたりしていました。長野さんはいつ乗馬を始めたんですか?
長野 50歳になってからです。当時、雑誌の取材で趣味を聞かれて「仕事です」って答えたら、マネージャーから「50歳になって趣味が仕事なんて格好悪いから何か趣味を作ってください」って言われて(笑)。
何にしようかと考えた時、ちょうど私の従姉妹が乗馬をやっていて、すごく格好良かったんですよ。それで私も、と思って始めたらどハマりしてしまった。コロナ前まで7年間、週1で乗馬学校に通ってました。今は少しお休み中なんですが。
深野 どういうところにハマったんでしょうか。
長野 まず、究極のデジタルデトックスだということ。目線がぐんと高くなって、顔のすぐ近くに木の葉があったり、風を感じたり、もう別世界だなと。もちろん、馬も可愛いですしね。あと、ものすごく運動になるんですよ。
深野 側から見ると、ただ馬に座っているだけに見えるかもしれませんが、合図を出したりするのに下半身を相当使いますからね。
長野 45分ほど乗ったらもう汗びっしょり。ダイエットにもなるし、体幹も相当鍛えられます。
深野 もちろんある程度の体力は使うんですが、乗馬は一度コツをつかんでしまえば年配の人でもできるのが特徴。この乗馬クラブにも80代で乗っているという方もいらっしゃいますよ。
長野 性別も関係ないですよね。競技も男女に分かれていないですし。それでも乗馬に向いている人、向いていない人っているんでしょうか。
深野 年齢を重ねると人生経験を積んできた分、乗馬に対する自分なりのイメージや先入観を持ってしまっている人がいるんですよね。そういう人は、こちらが指導したことを素直に受け止めてくれない場合があるんです。向いていないのは、素直じゃない人かもしれません(笑)。
長野 逆にいえば、素直さを持っていれば運動神経や年齢などはあまり関係ないですよね。高齢化社会にもぴったりのスポーツだと思います。
馬は普段、そんなに走りたいわけじゃない。
長野 乗馬は楽しくて大好きなんですが、全然上手にならないんです。合図を出しているつもりなのに、駈歩(かけあし)が出ないとか。調子よく駆けてると思っても途中で止まっちゃったり。
深野 コツさえつかめば、うまくいくと思いますよ。ただ、馬って普段からそんなに走りたいわけじゃないんです。本来は危険から逃げるために走るのであって、そうでなければ走りません。しかも乗馬クラブの馬は一日中走ったりしているわけで、できればもうやりたくないと思っているはず。
長野 乗馬を始めた頃は、何となく馬は走ってくれるものだと思っていたら、全然そんなことはなかったです。
深野 できるだけ動きたくないから、人の弱みを探して楽をしようとする面もあるんですよね。馬が完全に個人を識別しているかは分かりませんが、ある程度は乗った人を覚えているもの。上手に動かせる人と動かせない人を区別していて、動かせない人が乗るといつも同じような反応をしがちです。
長野 それはありますね。私が乗ると「あ、下手な人が来たな」って感じで、途中でわざと止まったりするんです。
深野 馬としてはなるべくじっとしていようと思うか、もしくは乗っている人を困らせて早く終わらせようと思っている。だから急に走り出したり曲がったりすることもあります。
長野 人を見てますよね。あと、絶対に言葉も分かってると思う! 私が脚で合図を出しても動かないのに、先生が「駈歩」っていうと走るもの(笑)。
深野 一語一句を理解しているかは分かりませんが、こちらの意図は理解しているはず。あとは馬にとっての心地よい合図と、そうでない合図というのもありますね。私たちがあれこれうるさく言われると嫌になるのと同じです。
長野 よくあるのが、馬が動いてくれないと私が鞍上でいろんなことを始めてしまって、馬が「結局この人何がしたいの?」ってなるというパターン。
深野 合図以外のノイズもたくさん出してしまっているから、馬が合図を拾えなくなっちゃうんですよね。
長野 で、私が焦って余計にあれこれしちゃうと、馬も「もう知らん」ってなっちゃうんです。
深野 経験のある馬だと、そんな時は「じゃあいったん待ちましょうか」って止まったりするんですが、まだ若い子だとパニックになっちゃって「分かんないから走ります!」となる場合も。
長野 そんな中で、たまに馬もばちっとこちらの合図を分かってくれて、私もそんなに力まずに乗れる時があるんです。そういう時はあまり疲れないし、馬も自分と一緒に楽しんでくれていると感じるのが最高に気持ちよくて。そこが一番の醍醐味だと思います。
深野 私も馬の調教をする中で、最初は全く言うことを聞いてくれない子でも根気よく励ましてやらせていくと、少しずつこちらの伝えたことをできるようになる。それが一番うれしいですね。
性格や人との相性など、馬によって本当にさまざま。
長野 深野さんは日々いろんな馬とふれあっていると思いますが、やっぱり馬によって性格は違うんですか?
深野 全然違いますね。たとえば今日会ってもらった〈ローズ〉と〈ちひろ〉でいえば、ローズは我慢強い性格で、ちひろは周りの環境などを気にしてしまう。もちろん、人との相性の良し悪しもあると思います。
長野 深野さんにも相性のいい馬やそうでない馬がいるんですか?
深野 ないとは言い切れませんね。ただ私のような立場だと、一頭と仲良くするとほかの馬がやきもちを焼いてしまうので、平等に接します。一方、馬は集団の中で序列を作るので、最下位の馬があまりいじめられないように、序列のトップにいる私がその馬を可愛がることもあります。
長野 馬の社会にもいろいろあるんですね。とはいえ、私にとってはとにかく可愛い存在。練習後にお水をあげるんですが、早く飲みたくて首を伸ばしている姿なんてぐっときます。乗馬を始めてから競馬もよく見るようになって、競馬場にも何度か行きましたよ。別に馬券を買いたいわけじゃなくて、パドックできれいな馬を見たくて。
深野 競走馬に使われるサラブレッドは日本で一番頭数が多い品種。乗馬クラブでも競走馬を引退したサラブレッドが多いです。
長野 サラブレッドは脚が長いでしょう? 乗るとものすごく高くなるから、最初の頃はもう少し小さい馬がいいのに、なんて思ってました(笑)。
体の不自由な人が馬に乗るホースセラピーも実践中。
深野 先ほどのローズとちひろは、クォーターホースといって、サラブレッドよりも小柄な品種です。性格も温和なので、初心者の方向け、またはホースセラピー用の馬になってほしくてトレーニングしています。
長野 この乗馬クラブでホースセラピーを行っているんですか?
深野 ここではウェルネス乗馬と呼んでいますが、体が不自由な方々に乗ってもらっています。速歩(はやあし)を出せるまでになる方も多いですね。
長野 素晴らしいです。皆さん、どんな感想を口にされていますか?
深野 そこまでできると思っていない方がほとんどなので、大きな自信になるみたいです。どの馬でも乗せられるわけではなく、リスクも伴うんですが。
長野 それでもなおウェルネス乗馬を始めた理由は何だったのでしょう。
深野 大学時代に海外のホースセラピーの事例も学び、日本でもできることを探っていったんです。最初は近隣の子どもたちに馬をさわってもらうところから始めたんですが、すごく喜んでもらえて。さまざまな人の「馬とふれあいたい」というニーズに応えたいと思い、それ以来、人と馬とのふれあいや、障がいを持つ人の乗馬活動を私のライフワークにしています。
長野 大きい馬にさわるだけで非日常を味わえてうれしいですものね。
深野 ふれあうことで癒やされるというのはほかの動物にも言えると思うんですが、それを大動物で実現できるのは馬の穏やかな性格があってこそだと思います。背中に乗って体を預けられるという安心感があるのも魅力です。
長野 目も可愛いですよね。鼻もぷにぷにしていて、触ると気持ちいいし。
深野 体や顔に対して目がとても大きいのも、馬の特徴ですね。ちなみに、人間と一緒で馬もいきなり顔を撫でられるのは苦手なので、まずは首の辺りから少しずつ撫でるのがおすすめです。
長野 確かにそうですね。ああ、こうやってお話ししていたら乗馬がしたくなってきました。最近は忙しいこともあってなかなか乗れていなくて……。でも年齢に関係なく長く続けられるスポーツなのであまり焦らず、時間ができた時に思い切り楽しみたいです!
\みんな知らない!? 馬の素顔/
● 馬は人間の言葉が分かっているらしい。
● 馬は人を見る。
● 馬社会にも序列がある。
● 馬は別に走りたくて走っているわけではない。
● 馬は顔を撫でられるのが実は苦手。
● 馬は割と気分屋さんだ。
● 馬もやきもちを焼く。
『クロワッサン』1098号より