新珠三千代がよすぎる! くされ縁のなんたるかを描く大傑作『洲崎パラダイス 赤信号』。│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
川島雄三監督作の中でも屈指の名作と名高い『洲崎パラダイス 赤信号』。実在した赤線、“洲崎パラダイス”の大門の前を舞台に、売春防止法施行の前年、1956年(昭和31年)の街の様子が活写されます。
所持金60円の流れ者、蔦枝(新珠三千代)と義治(三橋達也)がバスを降りたのは洲崎弁天町。酒の店「千草」に飛び込み、おかみさん(轟夕起子)に住み込み女中として雇ってもらえた蔦枝は、男性客の相手ならお手のもの。すぐさま常連とデキて、アパートを借りてもらえることに。一方、そば屋の出前として働きはじめた義治も、店の女の子(芦川いづみ)のおかげで堅気らしくなってきたが、そんなある日、事件が起こる……。
絶対別れた方がいいのに、切るに切れない男と女。まわりにいくら止められようと、磁石のように引き合ってしまう、くされ縁というやつです。そんな男女を取り巻く人間模様が、“橋”にはじまり“橋”に終わる、美しい円環構造で見事に描き出されます。
夫を待つ轟夕起子、愛らしさ全開の芦川いづみ、さまざまな個性が際立つ中、やはり本作は女として生きるスキルのめっぽう高い、新珠三千代がぶっちぎりでいい! 品がよくて和服の似合う、しとやかな日本女性といったパブリックイメージに反し、蓮っ葉でしたたかで根性のすわったこの蔦枝役こそ、文句なしのベストアクトです。
とりわけ、冒頭から着たきり雀の夏物の縞のきもの姿は、きもの好きの間で語り草になっています。ゆるいのに体と一体化したような、究極の着付け……。わざとらしく男にしなだれかかることはあっても、艶めかしい絡みは一切ない、なのにむせるようなエロティックな色気が終始充満しています。
埋め立てられた洲崎川や船着き場など、もうこの映画でしか見ることのできない、風情ある景色も多数登場。ロケ地めぐりする人も後をたたない、ある時代の東京の記憶を完全に閉じ込めた大傑作です。
山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。新刊『山内マリコの美術館は一人で行く派展』(東京二ユース通信社)が発売中。
『クロワッサン』1022号より
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