【歌人・木下龍也の短歌組手】「好き」が短歌にマジックをかける。
〈読者の短歌〉
賞味期限ぎれのたまごを割るときの両手がハートをかたどる真昼
(亞海/女性/自由詠)
〈木下さんコメント〉
言われてみればたしかにそうだよなあ、と納得のいく発見の歌。「たまごを割るときの両手がハート」という発見は、読む前の世界と読んだ後の世界をわずかに、けれどたしかに変えてしまう。そして、読む前の世界には戻れない。だってほら、これまであなたが何百回と見たはずの「たまごを割るときの両手」の記憶は「ハート」として思い出されるでしょうし、これからあなたが何百回と見るはずの「たまごを割るときの両手」はもう「ハート」にしか見えなくなるでしょう。言葉の力って恐ろしいですね。
〈読者の短歌〉
散歩から帰ったときの犬の冒険の香りがいつまでも好き
(池田輔/男性/テーマ「ペット」)
〈木下さんのコメント〉
「散歩から/帰ったときの/犬の冒/険の香りが/いつまでも好き」と区切れば57577で読むことができます。「好き」という気持ちが汗の匂いを「冒険の香り」に変える。「好き」は偉大。
〈読者の短歌〉
コロッケにマスクのゴムを取り付ける。食べ歩きして途中で割れる
(飯田和馬/男性/自由詠)
〈木下さんコメント〉
1コマ目「コロッケ」→2コマ目「にマスクのゴムを取り付ける。」→3コマ目「食べ歩きして」→4コマ目「途中で割れる」と起承転結のしっかりした4コマ漫画のような短歌ですね。絵がなくても、絵が浮かびます。
〈読者の短歌〉
プロポーズいつされたって良いように指の毛を剃る何度目の夜
(まどか/女性/自由詠)
〈木下さんコメント〉
指輪に備えて「指の毛を剃る」。祈りのような細やかな気配りが愛おしくも思えますが、その用意周到さというか執念にすこし恐怖も感じます。歌人の穂村弘さんがよくおっしゃる「怖い歌はいい歌。」という法則に従うならば「剃る」ではなく「抜く」としたほうがよいかもしれません。恐怖が増します。
木下龍也
1988年、山口県生まれ。2011年から短歌をつくり始め、様々な場所で発表をする。著書に『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』がある。
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