クラゲに癒やされる!? │ 山口恵以子「アプリ蟻地獄」
イラストレーション・勝田 文
これは癒やし系アプリの典型だろう。クラゲを育てて眺めるアプリ。
以前紹介した“フィッシュダム”より更に単純で手が掛からない。
指示は「四日に一回エサをあげる」と「一週間に一回水を替える」のみ。後は六通りある照明を選び、穏やかな音楽を聴きながら、ゆったりと水に漂うクラゲを鑑賞する。
ちなみに、クラゲは毎日ほんの少しずつ成長し、四日ぶりに会うとちょっぴり大きくなっている。
なんというか、手間は掛からないけど手応えがない。長年連れ添った夫婦でもないのに、まるで空気のように互いを意識しないでいられる。出会ったばかりでこれで良いのか?
そんなこんなで、いつの間にやらすっかりアプリの存在を忘れてしまい、久々に開いてみたら「クラゲは死にました。新しいクラゲを育てましょう」の文字が……。
この時、私の胸にほろ苦くも甘い感情がジワ~ッとひろがった。続いて映画「道」のラストシーンが思い出された。
老いた大道芸人ザンパノがかつて無慈悲に捨て去った愛人ジェルソミーナの死を知って泣きむせぶ。当時は散々ひどい扱いをしたのに。
このシーンは中高年男性の心を揺さぶるらしく、藤沢周平は「道」に触発されて『捨てた女』というオマージュ作品を書いている。
若い頃の私はザンパノがまったく理解できなかったが、今になると彼の老いと孤独が身に沁みる。
何も要求しないあのクラゲは、ジェルソミーナだったのだろうか。
山口恵以子(やまぐち・えいこ)●作家。近著に『夜の塩』(徳間書店)。
『クロワッサン』1013号より
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