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料理研究家・上田淳子がハマる「老いにフィットするレシピを考える」楽しさ。【白央篤司が聞く「50歳からの食べ方のシフトチェンジ」vol.1】

年齢を重ねると、毎日の食について、若いときには想像もしなかった「身体の抵抗」に唖然とすることがあります。50歳を超えるあたりがどうやら「シフトチェンジ」の頃合いなのでは?『台所をひらく』などの著書で知られるフードライターでコラムニストの白央篤司さんが「食べ方のシフトチェンジ」の達人に聞くシリーズ第1回は、料理研究家の上田淳子さんの登場です。

取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ

年齢に応じた食生活のメンテナンス問題

上田淳子(うえだ・じゅんこ)さん。料理研究家。 1964年、兵庫県神戸市生まれ。家庭料理から本格的な西洋料理まで幅広いジャンルに造詣が深い。料理教室も長年にわたって開催、作る人の状況や経験値に寄り添ったアドバイスにも定評がある。著書多数。
上田淳子(うえだ・じゅんこ)さん。料理研究家。 1964年、兵庫県神戸市生まれ。家庭料理から本格的な西洋料理まで幅広いジャンルに造詣が深い。料理教室も長年にわたって開催、作る人の状況や経験値に寄り添ったアドバイスにも定評がある。著書多数。

歳を重ねるうち、好きな食べものが変わる、あるいは苦手なものや食べにくいものができてくる……なんてこと、思い当る方多いのでは? 食べられる量も変わってくるし、作るモチベーションが保てなくなったと悩む人も。
「料理して、食べていく」ことのシフトチェンジに、みなさんはどう向き合われているだろうか。

近年、「加齢と食」をテーマに据えたレシピ本の出版が続いている。料理研究家の上田淳子さんが著した『55歳からの新しい食卓』(Gakken 2022年)(詳細はこちら)は、「食べるのは大好き」でずっと生きてきた著者が「量が食べられなくなった」「かたいものが苦手になってきた」といった変化に戸惑い、もどかしい思いに駆られていることを冒頭で正直に告白しているのが印象的だ。

「まだまだシニアではない55歳という年齢は、老いの対策を考えるには半端な年齢。食に悩みを抱えてない人もいますが、変化に不安を感じている人も結構いらして、どうしたらいいかと悩んでいる人に響いたと思いますね。『分かる!』という共感の声がすごく多かったし、増刷にもなりました」
(Gakkenの担当編集者、小林弘美さん談)

年齢に応じた食生活のメンテナンス問題は、ある程度生きてくれば誰しもが抱えるもの。おざなりにしてしまうと生活の質や日常の満足度も下がりやすい。このあたりのことを上田淳子さんはどう考え、どう対処したのか、話をうかがった。

『55歳からの新しい食卓』(Gakken)
『55歳からの新しい食卓』(Gakken)

まずは「量と脂」問題

──食べることに関してご自身の変化を意識したのは、いつぐらいでしたか。

50代に入って明らかに「違ってきたな」と。はっきりと感じたのは「量と脂」に関してですね。昔は大好きなものいっぱい食べれば「ただ幸せ~」だったのに、今は「晩ごはんまでにお腹空くかな……」なんて心配になってしまう。フランス料理なんて大好きで連日でもよかったのが、今やきょう行ったら明日はいいかな、となってしまって(笑)。

──それはやっぱり……ショックでしたでしょうか?

ショックもありますけど、「しょうがないか」と思えました。これまでの不調って「治る」ものだったけど、加齢の変化は治るものではない。そう自分に言い聞かせるところからのスタートでしたね。じゃあ、どうするか。自分における変化とうまくつきあっていく他ない。おいしく食べることをあきらめたくないから。

『55歳からの新しい食卓』(Gakken)より
『55歳からの新しい食卓』(Gakken)より

──具体的にはどういうことから始めたのでしょうか。

55歳の頃って、ちょうど子どもふたりが独立する時期にも重なっていました。食べ盛りの男子用に揚げものなどもよくして、量もたくさん作って。子ども優先でずっと来ていたごはん作りから、「自分の体の声を聴く」を最優先にして、あれこれと微調整することから始めていったんです。

50代半ばって、やっぱりまだパスタも中華もお肉も食べたいと思うんですよ。ただ、これまでどおりの作り方だとちょっと体がつらくもなりがち。だったら本来、鶏もも肉で作るものは胸肉にしてみるとか、噛みやすいよう細く切るなり、叩くなりしてみる。飲み込みにくさを感じたら、とろみをつけてみるとかね。

──なるほど、そういう試みのあれこれが「微調整」なんですね。

「今の自分にとって心地よい料理とはなんだろう?」と考えてみる。私は歯が悪いわけではないのですが、顎関節症を患ったことがあり、噛めない大変さを身にしみて知ることもできました。たとえば野菜だと、れんこんってわりと噛みにくい。でも、ちょっとした切り方ひとつで噛みやすくできるんです。

調理中の上田淳子さん。味見をしつつ、きょうの自分が心地よい味を探っていく
調理中の上田淳子さん。味見をしつつ、きょうの自分が心地よい味を探っていく

「おいしいハンバーグ」は年齢によって違う

──『55歳からの新しい食卓』を出版されて、反響はいかがでしたか。

印象的だったのが、「こういう食事でもいいんじゃない、と親に伝えたくて買いました」という方が結構いらしたんです。ほら、この世代から上の方々は「ちゃんと作らなくては」という意識が強くて、手を抜かない、抜けない人たちが多いのかもしれません。また、「今まで自分が作ってきたものがおいしいと思えなくなり、悩んでいた」という人も。

──自分にとっての「おいしい」あるいは「食べやすい」が知らずのうちに変わってきていることを、なかなか自分では気づけないこともある。

そうですね。微調整といえば、食べる量のこともあります。お肉100gを1回で食べていたのが、重くなったので70gにしたとして、少なくなった分の栄養バランスはどうするのか? たんぱく質の減った分は牛乳でとるか、あるいは豆腐や卵を副菜にするか、といったことも考えたい。私は今、「自分の老いにフィットするレシピを考える」ことがとても楽しいんです。

例えば、「今の私がおいしいと思うハンバーグってどんなものだろう」と考える。これまでの人生で、いろんなハンバーグのレシピを考えてきました。1歳児用のハンバーグ、食べ盛りの子ども向けのハンバーグ、丁寧に作りたいときのハンバーグ、手を抜きたいときのハンバーグ……1つの料理でもいろんなレシピがある。年齢と共に、提供できるレシピの幅も広がってきました。

──料理研究家としての年輪というか、齢(よわい)がレシピに厚みをもたらしてくれているわけですね。

年をとるのも悪くないな、と思えます。年を重ねるとできないことも増えるかわりに、新たに好きなものが生まれてくる楽しさもあると私は思っています。大豆の煮たのや切り干し大根の煮ものなど、年々しみじみおいしいなあって。若い頃は見えなかったものが見えて、感じられてもくる。そこの良さも噛みしめたいですね。

「エチュベ」が広げる新しい食卓

『55歳からの新しい食卓』では、1章を割いてエチュベという調理法を軸とするレシピが紹介される。エチュベは少量の水分で野菜を蒸し煮にするフランス料理の技法だが、上田さんは動物性たんぱく質も加えて、バランスよく1品ができるように工夫している。

自分も作ってみたが、手軽なのに加え、野菜の甘みがしっかりと引き出され、うま味が全体に回りやすいのが魅力だった。

「少量の水分と油脂で蒸し上げるのがコツ。油脂を加えることで素材にコクがつくんです」と上田さん。レシピを繰りかえすうちコツをつかめて、今ではあまり食材でエチュベ1品を作れるようにもなり、「新しい食卓」の世界が少し、広がった。

サーモンときゃべつ、きのこで作ってみたある日のエチュベ。サーモンの下味につけた塩だけでおいしくできあがるのに、最初は驚いた
サーモンときゃべつ、きのこで作ってみたある日のエチュベ。サーモンの下味につけた塩だけでおいしくできあがるのに、最初は驚いた

上田さんの「おいしく食べることをあきらめたくない」という言葉が思い出される。歳を重ねていけば気力の萎える日もあるだろう。あきらめない、という気持ちをこの先も私はキープしていけるだろうか。

次回は『60代ひとり暮らし 瀬尾幸子さんのがんばらない食べ方』(詳細はこちら)を著した瀬尾幸子さんに話をうかがう。

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