『草薙の剣』著者、橋本 治さんインタビュー。“普通の日本人”の100年の物語。
撮影・中島慶子
橋本治さんのデビュー40周年を記念する作品となった『草薙の剣』。主人公は62歳、52歳……12歳と10歳ずつ歳の違う6人の男たち。それぞれの祖父母や両親、兄弟などの話も綴られるので、読者は自分や親族の世代を投影しながら、戦中・戦後から今日に至るまでの時代を俯瞰できる。戦後の貧困、そこからの復興、成長、そして停滞。この100年を登場人物たちと共に、実際に生き抜いたかのような気さえする。
「親は自分の話をしても、時代の話はしてくれないですから。大体、親の言うことなんて、なんか言ってるなーくらいのもんであんまり聞いてないでしょ。けれど、第三者の視点で、親はこう生きていたかもしれないと言われると、やっと、ああ、そうかもしれないって、時代ぐるみで見られるようになるんですよ。だから6人も主人公を出した(笑)」
確かに、もしも自分がその時代、その親のもとに生まれたなら、こんな思考回路の人物になるだろうと納得させられる。
たとえば、戦後の教育制度の改革で学歴がないことになってしまった父親は、息子の大学進学を切望するし、苦労せず育った息子はフリーターでもいいじゃないか、と考える。あるいはそこから時代が下がり、仕事と育児に頑張りすぎる母親は夫とかみ合わず、その息子は幼くして諦念を抱えている。
「因果関係というのはありますね。それはもうずっと考えています。そして、親はみんな自分のスケールで子どものことを考えようとするんだけど、時代がどんどん変わるから合わなくなる。すると、自由にしなさい、という放棄が生まれるだけなんですね」
6人の主人公のうち、22歳と12歳の若い2人の名前は凪生に凡生。
「あからさまに似た名でしょう? 何もない凪と平凡の凡。この辺になると時代がどうもへったくれもなくて、全く違う基準で生きている。22歳の大学生は上の世代の主人公と違って特に大きな悩みもない前向きな人にしたんです。そこから彼の世代の空洞みたいなものが伝わるかな、と」
若い人のことはわからないと言う橋本さんだがこんな示唆を。
「今の人は他人に届く声の出し方がわからないんだと思う。みんなが同じようなことを言っていることを理解していないし、“自分は言っている”だけで、それが他人に届いているかどうかを考えない」
心は満たされず、先の見通しも昏(くら)い現在。それでも私たち、子どもたちの人生は続く。改めてどう生きるかを考えさせられる一冊だ。
新潮社 1,700円
『クロワッサン』973号より
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