心豊かに自分らしく生きる達人、
吉沢久子さん98歳。[後編]
撮影・岩本慶三 文・五十嵐佳子
いいところに目を向け 悪いところは見ない。
吉沢さんの夫は『素敵な人だなと思ったら、その人のいいところは決して見逃さず、とことん見るんだよ』という言葉を残した。『人の欠点を見つけるのは、誰でもできる。欠点に目を向けず、人のいいところを探しなさい』と。
「人の内面的な美しさも見逃すわけにはいきません。でも悪いところは見ない。誰だって欠点を持っていますから。それをあげつらってもしょうがない。自分だって欠点があるんですから」
だからなのか、吉沢さんのまわりには人がたくさん集まってくる。取材当日も、姪たちが来ていた。
「人間、一人では生きられません。人とのつながりがあるから、一人暮らしでも、穏やかな気持ちで生きられるんですね。友人もたくさんいたのですがこの年になると亡くなったり、お互い足が弱って、会う機会はほとんどなくなりました。でも電話や手紙で話せます。手紙はいいですね、何度も読み返すことができます」
笑みを浮かべた口元には、ほんのり口紅をさし、白髪を美しくなでつけている。
「自分自身の心がけも大事ですよね。無理のない範囲で掃除をしたり、庭に咲いた花を花瓶にさしたり、身じまいにも気を使わないと。98歳ですけど、私も清潔でしゃれっ気のあるものを着ていたいと思っているんです。そこをおざなりにすると、暮らしがどんどん崩れていきますから」
夫の古谷さんが吉沢さんに残してくれたかけがえのないものは他にも。その一つが月に1回、吉沢さんの家で開いている歴史や文化などを研究する勉強会「むれの会」だ。
「この会は、古谷が『年をとると友人が少なくなる。共に勉強する仲間がいるといい』と始めたもの。もう半世紀以上続いています。私は人に学ぶということがものすごく好きなんです。人の話を聞き、興味を持ったことをまた自分で勉強して……いい機会をいただいたと思っています。ただメンバーが高齢化してますから、ある時期を見て閉じようかと思っていますが、今のところはまだ続けています」
社会に対する眼差しも健在だ。
「足が弱ってポストまで行くのが容易ではない人は、私だけではないと思うんです。高齢化が進めばもっと増えるでしょう。配達に来た人に手紙を託せるようなシステムが必要じゃないでしょうか。選挙もそうです。足が悪いものだから選挙に一人で行かれず、やむなく棄権する人だっています。だとしたら、何かのサービスが今後必要ではないですか。いくつであっても、社会の問題として通用することなら行動しなければと思います」
仕事も暮らしも小さな幸せを 積み重ねていくことが大切。
40代、50代の女性たちにも、吉沢さんはエールを送る。
「本当にいい時期ですよね。人生でいちばん華やかな時代。だからこそ、その時代を無駄にすると損ですよと言いたいんです。甘ったれたりせず、人の話をよく聞き、頭を使い、考え、自分で決め、体を動かし、やりたいことをうんとやってほしい。40代なんて子どもみたいなもの、50代からがおもしろくなってくるんです」
自分ができることを考え、その日の目標にして、一日一日を積み上げてきた吉沢さんならではの深い言葉だ。
「積み上げ続けたら、やがて何かの形になる。仕事も生活もそんなふうに小さな幸せを重ねていくことが大事なんですね。そのためにも健康でいなくては。だから食は何より大切。おろそかにしないでほしいの。食べ物は知恵であり文化であり、生きる力ですから」
『クロワッサン』931号より
●吉沢久子さん 生活評論家/1918年、東京生まれ。伝統的な暮らしの知恵や技術を現代の生活に提案し続けてきた。近年は賢く年を重ね、日々を楽しむエッセイ集を多数出版、人気を博している。
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