医師が認める予防医療効果。
「森林セラピー」で自分の力を取り戻す。
森の力を、生活習慣病予防やメンタルヘルスのために活用しようという「森林セラピー」が注目されている。今まで「なんとなく効果がありそう」と感じていた森林浴の効果を、科学的に解明。さらに医学的なエビデンス(証拠)でも裏づけて、現代社会の健康問題に対応していこうという取り組みだ。さっそく参加してみた。
文・岩瀬大二
注目が高まりつつある「森林セラピー」。効果は実感できるのか? それが知りたくて、医師と一緒に森を歩く「医師と歩く森林セラピーロードin奥志賀高原」に参加した。同行する医師は、国立病院機構東京医療センターで形成外科医長として勤務する落合博子先生。
国際自然・森林医学会認定の森林セラピーの専門医でもある先生によれば、これまでの研究結果として、「癌になりにくい体づくり」「うつ状態の改善」「精神的ストレスに有効」「血圧と血糖値を低下させ生活習慣病を予防」「リラックス効果と脳の沈静化」「健康増進」といった効果が実証されているという。
「でも森では、健康効果とか、正しい姿勢で歩かなければなど、難しいことは考えなくていいんです。森に入ったらただただ五感を意識しましょう。香り、音、木に触れる感覚などを大切に」。
疲れたら休んでいい、登山のように頂上を目指すような目的もなくていい。むしろ無理は禁物。そんなアドバイスのおかげでリラックスした気持ちで森に入った。
お気に入りのブナの木を見つけて抱くという体験。
秋の奥志賀高原の森林セラピーコースは、一歩踏み出すと、ふかふかの落ち葉のクッションが、極上のカーペットの上を歩いているような気持ちにさせてくれる。ウォーキングシューズや軽やかなトレッキングシューズならではの足から伝わるやさしさ、ぬくもりはまた格別。10分も歩けば、気持ちが自然にほどけていく。
同行してくれる森林ガイドから、奥志賀高原の植物や森のあれこれを教えてもらいながら、ゆったり、ゆっくり歩く。木の葉の見分け方を教えてもらったり、ドングリを拾ってみたり。この日は珍しいキノコも見つかり、「今日参加されたみなさんは、ラッキーですね」。
途中に「お気に入りのブナの木を選んで抱いてみましょう」というプログラムがあった。抱いてみると、最初は硬く、冷たいと感じていたブナと不思議に呼吸が合ってくるようで、少しずつやわらかく、温かみを感じられていく。続いて、そのブナの下にシートを引いて仰向けに寝そべってみる。目を閉じると、落ち葉のベッドのやわらかさとあたたかさの中、森の空気、土、そして生命と一体化したような感覚が味わえる。目を開けると、風の香りまで感じられるほどだった。体を起こすと、香り豊かで温かい、紅玉とカモミールのお茶が用意されていたのもうれしかった。
森林セラピーの効果は最長1か月持続する。
帰り道は、リラックスと高揚感であっという間。最後に、森に入る前に測定していた血圧、ストレス値を、再びチェック。血圧が下がって適正値になった人やストレス値が大幅に下がった人からは驚きの声が上がる。個人差はあるが、適切な指導のもとでたった1時間30分、森を歩いただけで改善を感じられるのは楽しい。
先生によれば、こうした森林セラピー効果は7日〜1か月続くという。日本には、現在、生理・心理・物理の面の実験から癒し効果が検証された「森林セラピー基地」や「セラピーロード」が全国60か所にあるので、みなさんも住まいから気軽に行ける場所であったり、好きな観光地の近くにある場所などから定期的に楽しむことをおすすめしたい。
奥志賀高原もそのひとつで、本物の自然と、歩きやすく、安心・安全でストレスのないほどよい環境が両立された場所だ。今回はファミリーや初心者向けで全長3.7Km、所要約1時間30分の「奥志賀白樺苑路コース」を歩いたが、体力や経験、自然体験のレベルなどにあわせて5つの「森林セラピーロード」が用意されている。また、快適なホテルや落ち着くペンションなど揃っているのもうれしい。近隣の湯田中渋温泉郷では湯めぐりが楽しめるほか、世界中から観光客が訪れるサル専用の露天風呂がある地獄谷温泉などもあり、新緑の季節から、夏の避暑、星空観察、秋の紅葉、冬のスキーなど、森林と合わせてゆっくり楽しむのもいいだろう。
最後に落合先生からこんな言葉があった。「森が滅びると文明が滅びる。そんな定説もあります。それは環境面からだけではなく、人の心が廃れていくということも大きいのかもしれませんね」。
都会で生きていくために必要な心と体の健康。森林セラピーは、今を生きる私たちが、自然への敬意を表する機会であり、人間本来の感覚を取り戻すものといえるのではないだろうか。
取材協力:山ノ内町農林課、志賀高原観光協会、志賀高原ガイド組合