料理家、鮮魚卸業・栗原 友さん──弱いから勁(つよ)い。病を抱えて見つけた、私のまっすぐな道
撮影・天日恵美子 イラストレーション・水上多摩江 構成&文・松本あかね 撮影協力・東京農業大学
『病気をして考え方が変わりました。知りたいことは誰かに聞くより、自分で学ぶほうが納得できるって』
料理家、鮮魚卸業 50歳
レシピ開発や料理教室の開催、執筆など幅広く活動。築地で鮮魚店『クリトモ商店』を営む。東京農業大学応用生物科学部醸造科学科在学中。
料理家として多忙な日々を送っていた栗原友さんが左胸のしこりに気づいたのは6年前だった。乳がんのステージⅡと診断され、セカンドオピニオンを求めて訪れた医師のもとで遺伝子検査を勧められた。
「父が肺がんの闘病中でしたし、遺伝性のがんも考えられるから受けてはどうかと。検査を怖いという人もいますが、私は自分の将来のことを知りたかったし、備えておきたいタイプだから、先生から話を聞いた数分後には検査を受けていました」
結果は乳がんや卵巣がんになるリスクが高いとされる「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」。医師からは予防的な措置として右胸も含めた切除を勧められた。「よく考えてくださいと言われたけれど、その場で手術を決めました」
同年6月、44歳の誕生日を家族で祝い、翌月に入院。両乳房の全摘手術を受けた。一番つらかったのはその後に受けた抗がん剤治療の副作用だ。めまいや味覚障害、特に手足のしびれがひどく、そんなとき、当時4歳だった娘が小さな手でさすったり押したり、マッサージしてくれた。
「家族と親しい友人だけに伝え、ほぼ誰にも頼っていなかったので、支えになったことといえば、それ以外思い浮かばないくらい」
娘と愛猫たち、いちばん近くて愛おしい家族の存在
翌年には卵巣の予防切除も行った。5年が経ち寛解を迎えた今も、3カ月に一度の検診は欠かさない。
「乳がんと卵巣がんのリスクはなくなりましたが、終わったとは思っていません。がんになりやすい遺伝子があるのだから、他のがんにいずれなるかもしれない。できるだけ早期発見に努めて、短い治療で済むようにするのが今の私にできること」
生活習慣を改革。大学進学と世界を股にかける魚屋の夢
実は栗原さんには脂質異常症という遺伝性の病もある。人間ドックで脂肪肝がわかったことを機に、食生活を大改革。白米、揚げ物は外食限定。繊維質の多いものを積極的に。長年続けているピラティスに加え、パーソナルトレーナーのもとで週1回のトレーニングを自らに課す。
「大学にもお弁当持参です。本当はみんなと一緒に学食で唐揚げ食べたいなぁ」
と、ぼやく栗原さんは現在、東京農業大学の2年生。醸造科学科に籍を置く。遡ること13年前、「料理家なのに魚が捌けないことがコンプレックス」で築地の水産会社の扉をたたき修業を積んだ。2021年には築地場外に鮮魚店『クリトモ商店』をオープンした。たまたま大学主催の「発酵講座」に参加した縁で魚の発酵食を扱う研究室の存在を知り、がぜん興味をひかれた。
「青春したいな」、大学で同好会を立ち上げる
「魚の発酵食品といえばくさやや熟鮓が代表的ですが、その技術を使えば新しいものを開発できるかもしれない」
知りたいことは人に聞くより自分で学びたい。病気を経験して考え方が変わったことの一つだ。大学への進学を家族に相談すると、夫は「がんばって勉強して、僕にも教えてほしい」、小学生になった娘は「すごい。応援する!」と言ってくれた。
午前中は家事とミーティング、午後は大学と目の回るような忙しさ。でも「発酵の知識を極めて世界で仕事をする魚屋になる」、その道のりを行く姿に迷いはない。
『クロワッサン』1158号より
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