進化を続ける江戸の伝統「そば」、将軍から長屋の庶民まで魅了した「うなぎ」──江戸前の美味と心意気を求めて
撮影・上原未嗣 文・日高むつみ
そば
屋台に始まり手軽さとスピード感から江戸中期に爆発的に普及。箸で数本手繰ったそばをキリッと濃いつゆに先端だけ浸して一気に啜り、喉で味わう。これが粋を尊ぶ江戸っ子の作法。
江戸蕎麦手打處 あさだ(浅草橋)
創業は黒船来航の頃。進化を続ける江戸の伝統
幕末期、穀物商を営んでいた初代が店を構えて170余年、8代目の粕谷育功さんが店を受け継ぐにあたり、つなぎを用いない十割そばに原点回帰。石臼で毎朝自家製粉し、練り・伸(の)し・切りのすべてを高度な技術を要する手作業に切り替え、生地を四角くなるよう巻き取りながら伸す江戸職人独自の技も体得した。
殻をはずしたそばの実を丸ごと使う挽きぐるみながら、みずみずしく喉越しがよいのは、そばの挽き加減に工夫したから。きめ細かい粉と粗めの粉に挽き分けて配合したおかげだ。つゆの出汁は江戸伝統の本枯れ節一択。表面を炙り厚手に削った焼き節を使うことで、深いコクとシャープな香りを引き出した。そこに加えるかえしは、関東の濃口醤油ならではの風味とまろやかさを兼ね備える。せいろに盛られたそばを手繰り終えて感じるのはすっきりとした潔さ。野暮を嫌う江戸っ子らしい味わいだ。
うなぎ
上方の腹開きは切腹を連想させると、武家の町・江戸では背開きが基本。房総生まれの濃口醤油と味醂を合わせたタレで照りよく焼き上げた蒲焼きは、将軍から長屋の庶民まで魅了した。
伊豆榮 本店(上野)
不忍池のほとりで300余年、9代守り伝えた技と味
重箱の蓋を開けた瞬間、艶やかさに息を呑む。「この艶は食べ手だけが目にできる一瞬の輝き」と語るのは、9代目女将の土肥好美さん。代々受け継がれたタレは濃口醤油と味醂を配合し、長い歳月をかけて注ぎ足しと熟成を重ねたもの。砂糖を一切使わないため蓋を開けると照りは飛んでしまうが、その分さっぱりとキレがよい。しかも白焼きをいったん蒸してからタレに潜らせ焼き上げることにより、余分な脂がほどよく落ちる。こうしてコクや旨味は豊かなのにくどくない、スッキリした江戸好みの味に仕上がるのだ。
パリッと香ばしいうえ舌の上で柔らかくほどける蒲焼き、何代にもわたり鰻の旨味が染み込んだタレ、そのタレを纏ったつやつやのごはん。この完成された味わいは創業の地で300年、戦禍や震災も越えて職人の手から手へ受け継がれた技の賜物だ。時代は変われど揺らぐことはない。
『クロワッサン』1145号より
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