【承香院さんの五感で楽しむ平安ガイドvol.4】宮中の行事が描かれた絵巻を眺めてみる
撮影・青木和義 構成&文・中條裕子
宮中の行事に参加する人びとを生き生き描く絵巻
今回、承香院さんが案内してくれる平安の世界は「いつも眺めて楽しんでいる」という絵巻物。王朝文化が垣間見られる『源氏物語絵巻』や、信仰をテーマにした『信貴山縁起絵巻』、擬人化された動物たちがユーモラスな『鳥獣人物戯画』などがよく知られています。中でも、承香院さんが「これは見飽きない!」というのが、『年中行事絵巻』。宮廷や公家の年中行事などが記録された絵巻の模本を、自ら彩色して再現してみたというから驚きます。
「暇人だと思われるのであまり見せないようにしているのですけれど」と笑いながら承香院さんがそっと開いてくれのが、こちら。「これは後白河法皇の命によって作られた『年中行事絵巻』のうち、〈内宴〉という宮中の儀式を描いた場面。「妓女」という女性の舞人たちが舞っているのを、貴族達と右側の御簾の内から天皇も見てらっしゃるところを描いています」
再現する前の模本や粉本は、ごくシンプルな墨の線画
実はこの彩色絵巻のもととなっているのが、線画が記されただけの白描の模本や粉本。元々は模写や後の研究のために墨で線描した下絵なのだという。ただし、元の模本や粉本の絵では描かれている衣装の模様などは省略されていて、見たところはなんだかすっきりとシンプル。
「たとえば着ている衣装にしても、本来は文様が織物で入っているのを一部だけ描いて、あとは薄い丸だけ記して省略したりしているんです。本来の豪華な感じは消えてしまっている。それが見たくて、私は省略されている部分を全て描いて再現してみることもあります」
それには膨大な時間と手間がかかりますよね? 「時間はすっごくかかります。この『年中絵巻』の〈内宴〉も3、4枚の紙を継いでいるだけなのですが、数ヶ月かかりました」
そこまでしても、彩色した色鮮やかな状態でどうしても見たかった、と承香院さん。その甲斐あって浮かび上がってきたのは、生き生きとした平安当時そこにいた人々の姿。
実際にあった出来事を写したようなリアルさ
「一瞬をカメラで捉えたようですよね」と承香院さんが言うように、その場に居合わせたかのような“現場感”が確かにある……。「舞っている女性たちの手前には、冠を手で直している人がいたり、隙間から覗こうとしている人がいたり。こういうことが実際にあったのでしょう」
「いろいろな楽器が演奏されているのもわかりますよね。大太鼓、琵琶などを演奏している男性たちもいれば、ひちりきを吹いている人はリアルに頬を膨らませて描かれています。今の雅楽とは全く違う楽器を使っている女性もいる。私たちが聴いている音色とは異なるものがここでは鳴っていたと思われます」
一方で左端の人たちはなんだかリラックしているような。「こちらにいるのは衣裳やメイクを手伝う人々。壁と幕があるので、自分たちの作業を好き勝手やっています。音は聞こえるけれど、この人たちにしてみれば自分たちとは全く関係ない空間なので」
いくら見ていても見飽きない、絵巻物の魅力
「それにしても、私が不思議なのは、絵師さんはどこから見ていたのか、ということ。本当は壁や屋根があるのに、ちゃんと上から見て全ての空間で誰が何をしているかまで描いています。ドローンもなければ、カメラもない時代。動いている人が止まっている、そんな状態を見ることはないはず」
確かに、それぞれ仕切られた場所ごとに、異なる衣装を身につけた人たちが、楽器を演奏したり、おしゃべりしたり。それをここまでリアルに再現しているとは。まったく不思議なことだけれど、とにかく見ていて飽きない。
「そうなんです!そういう感じで私は絵巻を見てしまうので。ずっと」
そんな承香院さんの気持ち、この絵巻を見てすごくよくわかりました。
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