映画『ぶあいそうな手紙』言葉を豊かに紡いでいくふたりの時間が愛おしい。
文・坂上みき
南米映画のもつ、どこかアカ抜けない土臭さや、柔らかな光の具合、人々が醸し出す温かいような哀しいような情緒が、昔から好きだった。
78歳の少々頑固な爺さんと、23歳の時々コソ泥もするパンクなお姉さん。意表を突く組み合わせだが、この二人が絶妙な化学反応を起こし、それはそれは素敵なラストに思わず口角が上がる。
ブラジル南部の街、ポルトアレグレ。46年前に隣国ウルグアイから移住してきたエルネストは、妻に先立たれ息子も独立し、一人慎ましく暮らしている。憎まれ口をたたき合える隣人のハビエルもいて、決して寂しくはないが、目が見えなくなってきたのが不自由だ。ある日、ウルグアイに住む、幼馴染で親友の妻でもあるルシアから手紙が来た。読みたいけど読めない。そこで、犬の散歩のアルバイトに来ていたビアと知り合い、代読と代筆を頼む。
「『拝啓』から始まるなんてぶあいそう。『親愛なる』でしょ?」。ビアの率直なアドバイスに「親しすぎないか?」と戸惑いながらも従うエルネスト。老人のセピア色のほの暗い部屋で、言葉を豊かに慈しむ二人の時間が愛おしい。
小金を着服していたビアに、気づかぬふりをして、小芝居までうって、正しい方向に導いてあげるエルネスト。それはラテン文学や音楽に精通してきた彼のインテリジェンスであり、粋であり、矜持なのだろう。
手紙を待つ時間、レコードに針を落とす瞬間、質素な食事でも白いクロスを敷いて、ワイングラスを置き食卓を整える、彼の生活の流儀に学ぶところは多い。
静かな生活にあけすけな、でも繊細なビアが入り込んできて、胸の奥底で眠っていたエルネストの何かが弾けた。そうして、最後に書いた手紙は、誰に宛てたものだったでしょうか? エンディングのカエターノ・ヴェローゾの甘い歌声が、余韻を余すところなく満たしていく。こんな風に人生を閉じたいものだ。(文・坂上みき)
坂上みき
さかじょう・みき●パーソナリティー、ナレーター。現在『坂上みきのエンタメ go!go!』(ラジオ日本、月〜金曜8時50分〜)に出演中。
『ぶあいそうな手紙』
監督:アナ・ルイーザ・アゼヴェード 出演:ホルヘ・ボラーニ、ガブリエラ・ポエステル、ジュリオ・アンドラーヂほか 東京・シネスイッチ銀座ほかにて公開中。
http://www.moviola.jp/buaiso/
『クロワッサン』1026号より