「正義について考える」。ライター・瀧井朝世さんが選ぶ、今読みたい本。
撮影・黒川ひろみ(本)
瀧井朝世(たきい・あさよ)さん
ライター。雑誌やWEB媒体で作家インタビューや書評を多く担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』。監修に〈恋の絵本〉シリーズ。
「正義」というテーマで小説をいくつかピックアップしてほしい、と依頼されてまず浮かんだのは、白岩玄の青春小説『ヒーロー!』だ。高校の演劇部で演出を担当する佐古鈴は、隣のクラスの男子、新島英雄に相談をもちかけられる。教室内のいじめをなくすため、休み時間にパフォーマンスショーをするから演出してくれ、という。それで生徒たちの注目を集め続ければ、休み時間中のいじめは防げるというわけだ。鈴はしぶしぶ引き受けるのだが……。
正義を振りかざさずに人を助けるヒーロー。
それでは根本的な解決にはならない、と思う人もいるだろう。だが、英雄の友人で過去にいじめに遭っていた少年は語る。〈正義って背中に追い風が吹くんだよ。みんな冷静さを欠いてたし、解決することを急ぎ過ぎた〉。〈僕は人間の心の中に宿る正義っていうものが怖いんだよ。僕らが正しさを掲げるときには必ず見えなくなるものがある〉。英雄もそう実感しているからこそ、いじめっ子を直接糾弾するのではなく、誰も傷つけない方法を選んだのだ。
鈴が、生徒それぞれに自分の「正しさ」があり、それを疑おうとしていない、と気づく場面がある。〈自分が何かを選別して切り捨てているとも思っていない人たちが、結局のところ集団の中に弱者を生み出し、いつ人が痛めつけられてもおかしくない状況を作り上げている〉と彼女は思う。その言葉は読み手にも突き刺さる。他にも、この小説には正義について考えさせられるポイントが多々あるが、紙幅の都合で書き切れない。
声高に正義を唱えないヒーローといえばネヴィル・シュートの『パイド・パイパー』の主人公、ハワードもそう。舞台は第二次大戦下のフランス。旅先の山村にいた老齢の英国人・ハワードが戦局の変化により帰国を決めたところ、イギリス人夫婦から自分たちの幼い子どもたちも一緒に連れて帰ってほしいと頼まれる。だが事は簡単に運ばない。予想外のドイツ軍の侵攻によりハワードは何度も進路変更を余儀なくさせられた上、なぜか他にも数人の子どもを預かるはめに(タイトルは「ハーメルンの笛吹き」にちなむ)。
責任感が強く礼儀正しい彼は、戸惑いながらも懸命に子どもたちの面倒をみる。他にもこの小さき者たちを守ろうとする人々が登場。みな、もちろん見返りも求めず、正義や道徳も口にしない。「自分は善き行いをしている」という自覚なしに自然と身体が動く人をつねづね貴いと個人的に感じているのだけれど、ハワードたちはまさにそう。その姿に次第に胸が熱くなってくる。大好きな一冊だ。