「家族仲がいい」にはワケがある。
作家・山本一力さんの賑やかな台所へ。
魅力的な食べ物の描写が作品中にも度々登場する、作家・山本一力さん。高知県出身で「いごっそう(頑固で気骨のある男)」のイメージが強い山本一力さんは、食への思いも人一倍。豊かな食生活を支えるのは妻・英利子さんはじめ2人の息子。家族仲の良さが感じられる、にぎやかな山本家の食卓をレポートします。
山本英利子さん(以下、英利子)お父さんが料理をすることはあまりないよね。そのかわり、口は出す(笑)。でもおいしいときは本気で「この料理、うちの家宝にしよう」って言ってくれます。うちは息子たちも、切り方や盛りつけ方にうるさいんですよ。彼らは自分でも料理をするので。
一力 子どもたちが料理をするようになったのは、俺が直木賞をいただいたのがきっかけだったよな。取材で地方に出かけることが多くなったけど、とても一人じゃ無理で、見かねた母さんも一緒に行くようになった。で、小学校5年生と1年生になった子どもたちだけが家に残らざるを得なくなって、長男にお前がちゃんと弟の面倒を見ろよと。それで兄が弟のためにめしをこさえるのが当たり前になったんだよな。弟も料理の腕を上げてきたし、大きくなってもあいつら本当に仲がいい。それは家で一番安心なことだよ。
英利子 いま長男の大治郎(だいじろう)が24歳で、次男の動力(いちりき)が20歳になるけれど、大ざっぱな私と違って、2人ともきっちりと料理を作るよね。
一力 めしというのは家族の源になるんだよ。昔は家族の真ん中に食というものがデンとあって、その支度をする母親と、母親の手料理を一緒に食べるのが楽しみな子どもたち、それを見守る父親がいてと、すごくわかりやすい一家団欒の図式があったよな。
英利子 お父さんにとって、それを象徴する究極の料理がすき焼きなのね。
一力 俺が高知から東京に出てきてショックを受けたのは、会社の忘年会で人形町の老舗のすき焼き屋に行ったときだよ。まず割り下を張って肉を煮ていくだろう。俺が食ってきたのと違うから全然うまいと思えなくて、それっきり東京の店ですき焼きは食わない。
英利子 ほとんど料理をしないお父さんがすき焼きだけは料理番になるもんね。思い描くすき焼きがあるから。
一力 うちのすき焼きは熱した鍋に牛脂をひいてから、まず鍋が真っ白になるぐらい砂糖を入れて、そこに肉を広げる。間をおかずに醤油をジャーッとかけ回して、肉に味が浸み込んできたら野菜を入れるんだよ。
英利子 ビックリしたのはお砂糖の量。エ〜、こんなに入れて大丈夫かなって思った。そうしたらおいしくて、二度ビックリ。味が濃厚だから、とくに男の人にはウケるみたいで、私の弟も一回食べて、弟の家のすき焼きもお父さん式になっちゃった。
一力 すき焼きは年に1回か2回食べられるかどうかの御馳走だから、思い切り砂糖を入れるんだ。昔は特に、砂糖は貴重品だったからね。ちゃぶ台の脚を折りたたんで、炭火の入った七輪が乗っかるとすき焼きだってわかったから、子ども心にうれしかったよ。
英利子 そのお父さんの作り方を長男が引き継いで、次男も今年の9月にすき焼きデビュー(笑)。鍋も一生ものだからって京都で職人さんが作ったのを買ったのよね。あら、玄関でドアの音がしたかしら?
ここでタイミング良く大治郎さん、動力さんが帰宅。家族で鍋を囲むことに。
一力 ヘット(牛脂)を入れると鍋が生き返るね。ここからは気を抜くなよ。じゃ、砂糖いくよ。次に肉!
大治郎 醤油入れるね。
英利子 野菜、入りま〜す。うちの定番、マツタケ入れていいですか? マツ投入! もうスピード勝負ね。
一力 そりゃそうだよ、これはできたそばから食うんだよ。よし、味見頼む。
動力 うまっ、すごくうまい。
英利子 今日は高知から取り寄せた四万十牛、初めてだよね。
一力 おっ、焦げつくといけないな。
英利子 さらに野菜投入〜。
大治郎・動力 待って、母さん! 場所考えずに入れちゃだめ。これじゃごった煮みたいになっちゃうでしょ。
英利子 も〜、怒られてばっかり(笑)。
一力 お楽しみはなんといっても、鍋の最後にごはんを入れて作るすき焼きごはんだよ。今日は動力が作れ。卵は1個で、日本酒をほんの少しいれて。
動力 今夜は久々に息子たちが揃って、よかったな(笑)。母さんと2人だけだったら、食べきれたかどうか。
英利子 このすき焼き鍋も息子たちが独立して、夫婦2人だけになっちゃったら、大きすぎるかな。
◎山本一力 作家/1948年、高知市生まれ。『蒼龍』でオール讀物新人賞、『あかね空』で直木賞を受賞。「ジョン・マン」シリーズが人気。
『クロワッサン』915号(2015年12月25日号)より