水彩画のように透き通る声で歌われる物語。大貫妙子『Pure Acoustic 2018』
文・神舘和典
ピアノ、アップライトのベース、ストリングスの編成が奏でる音楽は、キャンバス。透き通るような大貫妙子さんの声は、水彩の絵筆。大貫さんほどアコースティックの楽器が合うシンガーは、日本ではほかにはいないのではないだろうか。声は演奏とやさしく溶け合っていく。
『Pure Acoustic 2018』は、3月24日に新宿文化センターで行われたアコースティックコンサートを録音したライヴアルバム。この新作には、デビュー45年のキャリアから生まれた名作が11曲収められている。歌詞が物語をつづり、演奏が風景を描き、リスナーの心のスクリーンに画を結ぶ。
かつて去っていった恋人からある日届いた、甘く香る花束に頬を寄せる「突然の贈り物」は、竹内まりやさんや矢野顕子さんらがカバーした。
心寄せる人に打ち明けられず、遠くから見つめ続ける「横顔」は、矢野さんやEPOさんらがカバー。さらに「新しいシャツ」や「黒のクレール」も、美しく、哀しい。
フェビアン・レザ・パネさんのピアノは、歌の伴奏にはとどまらない。大貫さんの歌と、あるときは会話を交わし、あるときはそっと寄り添うように響く。長い年月、ともに音楽を作ってきたからこその、ふたりだけの呼吸があり、間がある。
8年前の夏、大貫さんのレコーディングにおじゃました。坂本龍一さんのピアノとのデュオアルバム『UTAU』のときだった。
「音楽は引き算」
札幌の郊外のスタジオで、大貫さんは語っていた。
「いかに音を少なくするかが大切。鳴っていない空白にこそ、音楽家の美意識があると思うから」
『PureAcoustic』は、大貫さんが通算23年継続してきたコンサート(今回は5年ぶり)。回を重ねるごと、フェビアンさんのピアノの音数は少なくなっている。それでも、音と音の間に音楽を聴きとることができる。シンガーの声はより際立ち、歌詞が描く世界観がリアルに伝わる。
コンサートでは、大貫さんはセンターマイクの前でほぼ動くことはなく、一曲一曲、大切に歌いあげていく。すっと背筋を伸ばし、まったく姿勢を崩さない。そのステージの定位置から客席の隅々まで、歌でホールの空気が塗り替えられていく様子も、一枚のCDから感じられる。
大貫妙子
『Pure Acoustic 2018』
3月に東京・新宿文化センターで行われたアコースティックコンサートを録音したライヴアルバム。11曲収録。3,200円(BETTER DAYS)
『クロワッサン』982号より
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