口のなかで完成する味の芸術、人気パティシエの創作の源とは?
撮影・清水朝子
斬新だけど安心感がある、ホッとするお菓子を作り続けて。
小山さんの予感は的中し、開店から14年、湧き上がる自由な発想で愛されるお菓子を多く生み出してきた。代表作はやはり、ロールケーキだ。
「自分の持つイメージに近づけるために緻密な実験を繰り返す。僕は実験家なんです。〈小山ロール〉でいえば、表面は高級な革製品のように薄く滑らかで、それでいて焼きあがった時にベロンと剥がれてしまわないこと、さらにしっとりふわふわな食感を目指した。そのために生地に入れる牛乳の量を極限まで増やし、オーブンも改良。生地自身の持つ水分でじわじわとゆっくり蒸し焼きにするようなレシピを考えました」
さらに、素材へのこだわりも並大抵ではない。
「今年7月から、ロールケーキのカスタードクリームに使っていた質の良いマダガスカル産のバニラビーンズが自然災害などの影響で手に入らなくなってしまって。ほかに良いと思えるものがなかったので、バニラビーンズを使わないカスタードクリームのレシピを考えることに。そこで出合ったのが、種子島産さとうきび100%の粗糖でした。しっかりした味の余韻があり、卵や牛乳の旨みを引き立てる新たな素材。これならバニラビーンズとは違うおいしさが出せる、とレシピを変更しました」
今回、材料の変更を余儀なくされたことで、〈小山ロール〉ってなんだろう?と考えるきっかけにもなった。
「それは、常に同じ味ではないとしても、時代や環境に合わせて最善を尽くすロールケーキ、ということなんだろうと思います」
ほかにも、「牛乳のおいしさを味わう」というコンセプトで卵の量を極力減らし、ぎりぎり固まるくらいの食感を実現した〈小山ぷりん〉や、フランス・ソーテルヌ産の貴腐ワインでぶどうの香りをまとわせたきめ細かなスフレ生地の〈小山チーズ〉など、スペシャリテはどれも考え抜かれた名品ばかり。秋に店頭に並ぶかぼちゃやいちじくを使ったパイ(前ページ参照)など、季節のケーキにもファンが多い。
「ケーキでもショコラでも、発想は変わっているけど安心感がある、斬新だけど懐かしくてホッとする、そんなおいしさを大切にしています」
敷地内の一角、京都の路地裏を再現した『小山菓子店』では〈MATTERU〉という変わった名前のお菓子を販売している。「あなたの報告や自慢話を“待ってる”よ」という思いを込めた乳菓で、もともとは小学6年生以下の子どもしか入れない店舗『未来製作所』で売り出したもの。
「『未来製作所』は、子どもたちに、伝えることが得意な“表現者”になってほしいという思いで作りました。子どもだけが知る世界を作ることで、大人が子どもの話に耳を傾ける機会になればいいなと。僕自身、幼少期に自慢話を聞いてくれる大人がたくさんいたからこそ表現することが大好きになったし、それが今の仕事の原点とも言えるわけですから」
今年11月には、デコレーションケーキ専門店『ファンタジー・ディレクター』が8つ目の店舗として敷地内にオープン予定。子どもの頃と同じ感覚で、自由に生み出し、表現し続ける小山さんの、創作の意欲は尽きることがなさそうだ。
小山 進●パティシエ、ショコラティエ。1964年、京都でケーキ職人の父のもとに生まれる。神戸『スイス菓子ハイジ』での経験を経て、2003年に『パティシエ エス コヤマ』を開店。
『クロワッサン』960号より
広告