【前編】作家・山本一力さんが語る食パンの魅力。
撮影・清水朝子 文・一澤ひらり
こんがりきつね色に焼き上げたトーストを食べる、サクサクッと小気味いい音。パン好きの山本一力さんがおいしそうに頬張るのは海苔トーストだ。
「パンって意外なものとの合わせ技でうまくなるんだよ。わが家の定番は海苔トーストだね。トーストしたパンにバターを塗って醤油をタラッと垂らし、海苔をのせて二つ折りにしてかぶりつく。えっ、食ったことない?」
海苔トーストに惚れ込む一力さんだが、いち早くそのおいしさを知っていたのは妻の英利子さん。もう28年前、東京・赤坂で老夫婦が営んでいた喫茶店の人気メニューを伝えて、それが一力さんの海苔トースト開眼に。
「俺がパン好きになったのは14~18歳までの4年間、上京して新聞配達をしていたときなんだ。近くのパン屋のおじさんに可愛がられて、よくパンを食わせてもらってね。一番好きだったのはチョコレートクリームが入ったコロネだったけど、おじさんが食パンにバターとかジャムとか塗ってくれたサンドイッチもうまかった。あのころからずっと朝食はパンなんだよ」
傍らで英利子さんが食べているのはNYのファーマーズマーケットで買ったメープルクリームを塗ったトースト。
「農家の老夫婦が作っていて、濃厚だけれどナチュラルな甘さでおいしいんです。取材旅行でアメリカへ行くことが多いので、これ以外にもはちみつ、デカフェとか、行くたびにトランクに山のように詰め込んで帰ってきます」
1.トーストして、こんがりいい焼き色がついてきたらバターをのせる。
2.焼き上がったバタートーストに、醤油をタラッと。かけすぎはご法度。
3.パリパリの焼き海苔を食パンのサイズに合わせてちぎり(全型の四つ切りよりやや大きめ)、トーストにのせる。
4.海苔をのせたトーストを二つ折りにして、パクつけば言うことなし!
英利子さんが好きなメープルクリームは、ピュアメープルシロップを煮詰めてクリーム状にした、コクのある上品な甘みのスプレッド。
カリカリのトーストに、スープ。 和食の惣菜も朝の食卓に顔を出す。
今日のスープは牛骨でとったストックで、野菜をとろ火で煮込んだもの。
「アメリカでTボーンステーキを食べたとき、残った骨を持ち帰って煮込んだらおいしい牛骨のスープができたんです。日本でも食べたいと夫にリクエストされて作ってみました。牛骨を煮込んで、冷蔵庫の残り野菜を入れるだけだから簡単なんですよ」(英利子さん)
パンとスープと、副菜は英利子さんお手製の牡蠣のオイル漬けとひじきの煮物。和食の惣菜も顔を出すのが山本家の朝食だ。「うまきゃいいんだよ」と一力さんの磊らいらく落な笑い声。もうひとつ、パンに欠かせないのは一力さんがミルで豆を挽いて淹れるデカフェだ。
「これはマンハッタンの『エンパイア・コーヒー』って店の豆で、俺が好きなのはモカ。デカフェとは思えないおいしさなんだ」
実はこの店も登場する短編集を書き上げ、この1月に出版したばかり。パンのある食卓こそ、一力さんの創作の原動力になっている。
澄んだスープを作る秘訣は、煮立てないように弱火でコトコト。
1.牛骨の脂肪分や血、臭みを落とすために20分ほど下茹でする。
2.下茹でした牛骨を水から煮て、アク取りをこまめにする。沸騰したら弱火にして1時間ほど煮込めばスープの完成。
3.玉ねぎ、にんじん、セロリ&葉っぱなどの野菜をスープに入れて煮る。
4.白ワイン、仕上げにおろしニンニクを加え、塩・こしょうで味を調える。
『クロワッサン』943号より
●山本一力さん 作家、山本英利子さん 主婦/『あかね空』で直木賞を受賞し、「ジョン・マン」シリーズなどで人気の山本一力さんと、26歳のときに結婚した英利子さん。以来、18歳年上の夫の仕事をサポートして、取材旅行にも同伴、自炊のための道具持参で夫の食生活に気を配る日々。
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