考察『豊臣兄弟!』13話 謎多き小一郎(仲野太賀)の新たな妻、慶(吉岡里帆)。様々なフラグの行方は…
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
小一郎の気持ちは?
小一郎(仲野太賀)の新たな妻、慶(ちか/吉岡里帆)。
木下家に嫁した彼女が背負うのは、あまりにも重い過去だった。
永禄13年(1570年)。
小一郎が妻の直(白石聖)を亡くしてから4年経っている。
織田信長(小栗旬)から命じられた婚姻に、兄の藤吉郎(池松壮亮)は大喜びだ。
相手の慶は安藤守就(田中哲司)の娘だという。
藤吉郎が織田家武将・浅野長勝(宮川一朗太)の娘の寧々(浜辺美波)を妻として織田家中での足場を固めたように、美濃に地盤を持つ安藤守就の娘との縁組は、武将としての小一郎を支えるだろう。
ただ、歴史上の事実としては、豊臣小一郎秀長の正室、のちに慈雲院と称される女性の出自は明らかでない。
慶の名前も安藤守就の娘というのも、ドラマ上の設定である。
冒頭場面では大騒ぎする藤吉郎をよそに、まず小一郎の気持ちを慮る女たちの姿が印象的だ。
姉・とも(宮澤エマ)は「あんたは、それでいいの?」
妹・あさひ(倉沢杏菜)「そのお嫁さん、どんな人なの?」
小一郎の「この縁談は儂の望みじゃ」という言葉を聞いて初めて「そんなら、おめでとう」と息子の結婚を寿ぐ、母・なか(坂井真紀)も。
武士として出世街道を爆走する兄弟であるが、木下家の女はごく普通の家族としての姿を保ち続けているように見える。
皆が祝福する小一郎の再婚だが、眉根を寄せる寧々の心配は別にある。
嫁いだ先は夫の仇
寧々は以前に岐阜城下町で男と歩く慶を見かけ、良からぬ噂を耳にしていたのだ。
未亡人である慶は男をたぶらかす女ぎつね。銭で男を買い漁っているという下劣な醜聞。
寧々は単なる醜聞として片づけられない何かを感じ取ったのかもしれない。
そんな疑惑を抱えた花嫁がやってきた日。
輿から現れた慶は気品ある物腰とその美しさで、出迎えた木下一家を驚かせる。
慶は小一郎が紹介する前に、全員の顔と名前を一致させて挨拶したのだ。
さっそく色めき立つ男たちを見て小さく「女ぎつね」と吐き捨てる寧々……一瞬、言い過ぎではないかと思ったが、寧々の懸念を補完するような情報を前田利家(大東駿介)がもたらす。
慶の亡き夫は、織田家が滅ぼした美濃斎藤家の重臣。
永禄10年(1567年)稲葉山城の戦い(9話/記事はこちら)で討死したのだという。
美濃斎藤家の敗因は、慶の父、安藤守就らが織田家に寝返ったため。寝返りのきっかけは、安藤守就への小一郎の調略(8話/記事はこちら)。
慶にとって織田家、小一郎は夫の仇なのだ。
武士の世では、親の仇、夫の仇に娶わされることは珍しくない。
有名なところでは、古くは平清盛の妾(しょう)となった常盤御前、これより後では豊臣秀吉の側室の京極竜子などだ。
当時はよくあることであったとはいえ、利家の「さぞつらかったであろう」という台詞に頷くばかりである。
しかし、この話を聞くと、小一郎の家族全員の顔と名前が一致した慶の輿入れの挨拶は、賢さとは別の意味を持ってくる。
慶は以前から、仇の小一郎周辺を探っていた──。
話は少し脇へ逸れるが、前田利家・まつ(菅井友香)の夫婦は、藤吉郎・寧々夫婦とは隣家ということもあって、段々「仲良く喧嘩する」間柄となっていないだろうか。
ちょっと愉快。
小一郎の語る「同じ」とは
藤吉郎と寧々は、血相を変えて小一郎と慶のもとに駆けつけるが、小一郎に追い返される。
慶はふたりきりになったのち、藤吉郎夫婦の糾弾に言い訳するのではなく、小一郎に本音を吐露した。
「あなたが織田の侍だということが許せませぬ」「この身はあなたに差し出します。でも心は。お前たち織田の者には、指一本たりとも触れさせぬ!」
まったく好みではないとか、おしゃべりは嫌いだとか言われても鷹揚に受け流していた小一郎だが、この言葉には目を伏せる。
小一郎「……町でよそ者の男と会うているのはなんのためじゃ」
慶「男と女がすることは決まっておろう。私はお前ひとりのものにはならぬ」
これは、どう解釈すべきだろうか。
前回(12話/記事はこちら)、寺の小屋から出てきた男と慶の様子からは、房事の余韻は感じられなかった。
また、亡き夫を深く愛する慶が、噂されるように金で男に身を任せているというのも考えにくい。逢引に見せかけて、他の理由があるのではないか。
小一郎は慶の言葉をそのまま受け止めて
「安心せよ。そなたが儂を許してくれるまで、儂はそなたに何も求めぬ」「じゃからバカな真似はするな。もっと自分を大切にせよ」
温かい言葉をかけられ、険しい表情の下に驚きを浮かべる慶。
小一郎は藤吉郎に「慶は儂と同じなような気がする」と語ったが、その同じとはなんだろうと考える。それぞれ配偶者を亡くした者同士というのはわかる。
それのみならず、小一郎と慶に共通するのは、悲しみを上回る、この理不尽な世への怒りではないだろうか。
故郷を蹂躙され友を失い、妻の直を奪われた小一郎の「なんなんじゃ、これは!」という憤り。
夫を殺されて、その仇に娶わされた慶の「心には触れさせぬ!」という憤怒。
また、こうも考える。小一郎が直の死を乗り越えて天下泰平の道を誓ったように、慶もそうした志を抱く日がくるかもしれない。
小一郎と慶は、夫婦として共に歩めるのではないか。
あと小一郎、間違っていたらごめんね?
君は慶をひとめ見た時から、恋に落ちたのではなかろうか。
直との幼い頃からゆっくりと育てた想いとはまた別の、スッと吸い込まれたような恋。
慶のまなざし、放つ言葉すべてに、微かに反応しているように見える。
仲野太賀の芝居がとても繊細だ。
少年のような義昭、守りたい光秀
一方その頃。室町幕府将軍・足利義昭(尾上右近)のもと、無事に治るかのように見えた天下は、早くもひび割れ始めていた。
永禄13年1月。将軍義昭に対して信長が提示した、いわゆる「五カ条の条書」に三淵藤英(味方良介)奉公衆はじめ、幕臣らは憤慨する。
一、諸国の大名に将軍が御内書を発する時は信長に報告し、信長の書状を添えること
一、これまでの幕府からの命令は白紙に戻し再検討の上で発令すること
一、足りない恩賞は信長の領地から出す。将軍はそれを命令すること
一、天下の政務は信長に委任されたので、将軍の承認がなくとも信長が決定すること
一、天下は静謐になったのだから将軍は朝廷への対応を怠らないこと
これらは近年の研究では、信長が義昭を蔑ろにする内容ではないとされる説もあるのだが、ドラマでは過去の作品で描かれてきたように信長と義昭の関係に亀裂が入るきっかけとなる。
三淵藤英「信長め!増長しおって」
細川藤孝(亀田佳明)「織田にばかり頼ろうとするからこうなるのだ!」
……うん、まあ……そもそも、義昭が上洛しようとした時に信長しか力になってくれませんでしたからね……。
室町幕府、足利将軍家の権力基盤の脆弱さの原因の一つに、将軍直轄の軍事力、経済力の弱さがある。
武力も経済力も、将軍は地方の大名・織田信長に及ばない。
それを理解している義昭は、皆を抑えなだめた。が、幕臣たちの前から去ると口惜しさがこみ上げる。庭には、信長から贈られた天下人を象徴する藤戸石。
感情を爆発させた義昭は、藤戸石に斬りかかる!
刀が折れてしまうまで、さんざんに石を斬りつけた義昭は声を震わせ、傍に控える明智光秀(要潤)に語りかけた。
「光秀。わしに刀の使い方を教えてくれ。……わしは強うなりたい」
自分に生きる道を与えてくれた義昭にこう言われて、胸がいっぱいになる光秀。
この主従、いいですよねえ!
皆の前では将軍としての威厳を保ちながらも、光秀の前では少年のような顔を見せる義昭と、主を支えたい、守りたい光秀。
なんだろう、この先に待つ破綻がわかっているからこその眩しさがある。
ハラハラします、信長様…
先の破綻がわかっているからこそ眩しい存在は、もう一組いる。
織田信長と浅井長政(中島歩)だ。近江国の常楽寺で、相撲に興じる。
信長の相撲好きは有名だ。永禄13年1月に常楽寺で相撲大会を催したことが『信長公記』に記されている。
この場面では、信長が長政に自分が謀殺した弟・信勝(中沢元紀)を重ねていることがはっきりする。
無心に戯れて、笑い合える兄弟として。
信長の気持ちは理解できなくもないが、贖罪の思いと過去の修復を無関係の他人に負わせるような真似は非常に危うい。
ハラハラする。
信長は長政への信頼の証として、幕府の命で北陸に出陣すること、狙いは越前朝倉攻めであることを明かす。
朝倉義景(鶴見辰吾)は上洛の求めに応じず、幕府への恭順を拒んでいる。
朝倉家と浅井家とは長年のよしみがある。更に、長政の嫡男・万福丸(近江晃成)が朝倉の人質になっているのだ。
「それで、よいな?」と確かめる信長、
「お市を娶った時から覚悟しておりました」と頷く長政。
信長は浅井は動かずに朝倉への義理立てをするよう指示して、万福丸救出を約束するのだった。
「この戦が終わったら、また相撲を取ろう」
「次は私が勝ちまする」
楽しそうに笑う義兄弟に、ひとつ言っておきたい。
死亡フラグを立てるな。
「謀反にございます」
信長は越前に向かい出陣した。もちろん、小一郎&藤吉郎兄弟も軍にいる。
徳川家康(松下洸平)が連合軍として加わり、徳川家康と兄弟の再会だ。
この場面、何度見ても笑ってしまった。
「あれ、誰?」
松下洸平の(やばい。思い出せん……)演技が絶妙なので、絶対忘れてるんだろうなと予想できたが、セリフ回しが最高なのである。
問われた石川数正(迫田孝也)は固まっていたが、前に家康と兄弟が顔を合わせたのは5話(記事はこちら)の永禄5年(1562年)。
8年前である。ちょっと喋っただけの、よその家の馬廻衆を覚えておらずとも無理はない。
ただし、この越前朝倉攻めを境に木下藤吉郎秀吉は、家康にとって忘れようにも忘れられない存在となるのだ。
次々と朝倉勢を撃破し進む織田軍は、越前金ヶ崎城(現在の福井県敦賀市)に入った。楽勝ムードが漂う軍にあって、竹中半兵衛(菅田将暉)は黙々と書き物に集中している。
「ここまでの道のりと周辺の地形を記しているのです」
「これは明日、生きるためのものです」
浅井と朝倉の関係、自分たちの軍の動きから、半兵衛は最悪のケースを想定して準備する。
その頃、信長に柴田勝家(山口馬木也)が息せき切って急を告げる。
「浅井長政、謀反にございます!」
その言葉を受ける信長の表情からは、何も読み取れない。
驚愕、怒り、また弟に裏切られたのかという悲痛。それらはまだ信長の心に沸き起っていないのか、それともすべてが同時に、ひそやかに襲ってきているのか。
いや今はそれどころではない。前に朝倉、後ろに浅井。挟み撃ちの危機が迫っている。
金ヶ崎退き口。歴史に残る撤退戦が始まる。
次回予告。
浅井長政の出陣。都に激震。お市(宮﨑あおい)と子供たちの運命はいかに。
「織田全軍を無傷で京に返すのじゃ!」絶体絶命のピンチに小一郎&藤吉郎の決断、頼みの綱は竹中半兵衛!
14話が楽しみですね。
*******************
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、白石 聖、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山口馬木也、宮﨑あおい、小栗 旬 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
*******************
主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・織田信長編 合本』中公文庫,1999年
谷口克弘(著)『織田信長合戦全録──桶狭間から本能寺まで』中公新書,2002年.
太田牛一(著)/中川太古(現代語訳・注)『現代語訳 信長公記』新人物文庫, 2013年.
和田裕弘(著)『織田信長の家臣団──派閥と人間関係』中公新書,2017年.
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年.