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新田恵利の看取りの話 Vol.1——私が経験した3.5回の介護を振り返って気がついたこと

6年半にわたる実母の在宅介護と看取り、愛犬たちとの別れを経験してきたタレント・新田恵利さんの新連載。介護を「別れを受け入れる準備の時間」と捉える新田さんが、読者の人生に寄り添う看取りのエピソードを綴ります。

文・新田恵利 編集・クロワッサン編集部

左・新田恵利さんと、右・母ひで子さん。2人の自然な笑顔が素敵
左・新田恵利さんと、右・母ひで子さん。2人の自然な笑顔が素敵

私の経験した介護と看取り

ここ1年以上、私はベッドではなく、リビングで寝ています。16歳の小さな命のそばで。夜中に何度も目を覚まし、チワワの蘭丸の小さな胸が上下しているかを確かめます。そう、長く続いている浅い睡眠は蘭丸の介護のためです。

現在、新田さんが介護をしている、チワワの蘭丸。ぬいぐるみと並んで外の景色を観察中
現在、新田さんが介護をしている、チワワの蘭丸。ぬいぐるみと並んで外の景色を観察中

彼はステージ4の腎臓病。食欲も筋力も落ち、みるみる痩せて小さくなってきました。白髪が多くなり、瞳も濁り、曲がった背中でガニ股でヨチヨチ歩きます。そんな姿も、何もかもが愛おしくてたまりません。目が覚めている時は自分でトイレへ行きますが、ぐっすりと寝ている時には少しだけお漏らししてしまうことも。犬用のオムツにもトライしたけれど、鬱陶しそうにしているのを見ると、私の方が耐え切れずにやめました。汚れたものは洗えば良いのです。

これは幾度とない介護を経験した私が出した答えです。

振り返ると、私の介護経験は3.5回とでも言いましょうか。

シーズーのシャンプーを抱く笑顔の新田さん
シーズーのシャンプーを抱く笑顔の新田さん

初めての介護は19年前、先代犬シーズーのシャンプーが19歳でお空へ旅立つまでの半年間のことでした。今みたいに犬の介護用品など売っていない時代。夜鳴きや徘徊にも悩まされましたが、試行錯誤で歩行補助ハーネスや庭へ降りていくスロープをDIYしました。真冬の夜、最期は私の腕の中。消えていく体温。冷たくなっていく感覚は、今思い出しても胸が苦しくなります。それでもしっかりと看取ることができたのは、幸せなことでした。

左・新田さんと、右・母のひで子さん。微笑む姿がどこか似ている2人。仲の良さが透けて見えるようです
左・新田さんと、右・母のひで子さん。微笑む姿がどこか似ている2人。仲の良さが透けて見えるようです

それから6年——。2014年、母の在宅介護が突然始まりました。まさに青天の霹靂。骨粗鬆症による腰椎の圧迫骨折が原因で、要介護4という重い要介護状態からのスタートでした。不安や悲しみ、ぶつけようのない怒り、喜びや笑いもあった6年半。最期は家族が見守る中、母は旅立ちました。
医師の死亡宣告後、私は想像もしなかった感情に包まれました。それは、大きな大きな充実感。母にとっても私たちにとっても、幸せな看取りだったと思っています。

3.5回のうち、0.5回の介護は夫。
悪性リンパ腫で抗がん剤治療を受けた夫。介護といっても、トイレも自分で行けますし、食事も自分でできます。身体的介護は必要なかったけれど、ここでは“精神的”介護がのしかかってきました。診断されてから抗がん剤治療が終わるまでの半年間。この期間は夫婦共々、辛いものがありました。ここで0.5回と表現したのは、夫が病を乗り越え、無事元気になってくれたから。元のとおり、好きなものをおいしく食べる様子を隣で見ることができています。

今でも立ち直ることのできない別れ

新田さんの愛犬・チワワの杏。目線の先には新田さんが
新田さんの愛犬・チワワの杏。目線の先には新田さんが

そして3回目の介護は2025年9月に15歳でお空へ旅立ったチワワの杏(あんず)。気管支虚脱と気管虚脱という病気のせいで、咳が止まらず苦しくて横になることができない杏。体の置きどころがなく、部屋を歩き回る姿を思い出しては胸が締め付けられます。眠れない夜が続いているようでした。私にできるのは、声をかけ、撫でてあげることだけ。それでも少しだけ呼吸が穏やかになり、咳が寝息に変わる。ほっとして私も眠りにつくことができました。

そんな生活が半年ほど続いたでしょうか。酷暑の余韻が強く残る、良く晴れた秋の日。いつものように朝起きて、トイレを済ませて「ママ、ごはん〜」というように、真っ直ぐ私を見つめながら歩いてくる途中で、杏は倒れました。最近は足元が頼りなくなってきていたので、そのせいかと見守ること1秒、2秒、……3秒、と同時に気がつきました。杏? 杏!? 杏ちゃん! ……私の呼びかけは絶叫に変わりました。慌てて駆け寄り抱き上げた時は、もう既に息もなく全身から力が抜けている状態。まだ暖かい小さな体、愛くるしい瞳。生きている時と何ら変わりはありません。だって数秒前は歩いていたんだもの。ほんの一瞬のできごとです。心臓発作でした。

愛する者の旅立ちを何度か経験したのに、杏の死が1番辛かった。あれから半年が経っても、まだ立ち直れていないのが正直なところです。

どの介護も大変だったはずなのに、どれもこれも思い出深く、振り返ると胸が熱くなり愛に満たされます。寛解に至った夫は元気に太り続けております。チワワの蘭丸も頑張ってくれています。

介護も看取りも、一般的には暗く、重いイメージが強いですよね。でも私の考える“介護”は「最後の貴重な時間」です。“死”は忌み嫌うものではなく「人生を締めくくるセレモニー」です。

介護は別れを受け入れる準備の時間

そう考えるようになったきっかけは、きっと父の死だと思います。おニャン子クラブのメンバーとしてデビューした年、私のソロデビュー1週間前に急逝した父。思春期に加え、学業と仕事の両立、それらが父と一緒に過ごす時間を与えてくれませんでした。後悔だけが残り、何年も何年も思いを引きずり、心に暗い影を落としていました。だからこそ母には、その時できる精一杯の親孝行をしようと決めていました。実際に母の介護、そして看取りを経験した今、後悔はありません。

私にとっての初めての介護の経験をくれた先代の愛犬・シーズー。半年の介護期間で衰えていく姿を目の当たりにして、覚悟もできていきました。でも私を見つめながら、走ってくる途中でお空へ逝ってしまった杏。その死を受け入れるのは、とてもとても難しいものです。

そう、介護は「別れを受け入れる準備の時間」なのだと、最近気がつきました。

母の介護を通して、在宅介護の体験談を全国で講演させてもらったり、淑徳大学の客員教授として授業をしたりしています。母の介護と看取りの経験は、仕事でもプライベートでも色々と学び、考えさせられる機会になりました。ここ数年で、私自身も世の中も大きく変わりました。機会を見つけて、皆さんに私の経験をお話できればと思っています。

日々の暮らしの中で起きることは、人それぞれ。でも、悩んだり笑ったりしながら生きているのは、きっとみんな同じですよね。
この連載では、そんな日々のできごとを正直な気持ちで綴っていきたいと思います。皆さんと、少し人生を並んで歩くような時間になれば嬉しいです。

  • 新田恵利 さん (にった・えり)

    タレント

    母親の介護体験を元に、介護についての講演会を行う。2023年に淑徳大学総合福祉学部客員教授に就任。著書は『悔いなし介護』(主婦の友社)。

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