【俳優・北川景子さんに聞いた】母として、俳優として。変化を恐れない覚悟を再び──映画『ナイトフラワー』
撮影・高橋マナミ 文・長嶺葉月
映画『ナイトフラワー』で北川景子さんが体現したのは、生活苦からドラッグの売人へと追い込まれていく二児の母親、夏希。倫理的には許されない行為の裏に、北川さんは“人としての誠実さ”を見出していた。
「夏希は、子どもを愛し、まっとうに生きようとしていた。経済的にも精神的にも追い詰められていた彼女の前に、偶然“最悪な条件”が重なってしまっただけ。ふとした拍子に間違った方向に足を踏み入れてしまうけど、その根底には子どもを幸せにしたい、家庭を守りたいという祈りにも似た衝動があります。母としての矜持に深く共感しましたし、他人事ではないリアルさを感じました。気づけば出口のない場所に立たされてしまう、そんな現実って、実はどこにでもあるものですから。役作りにおいては特別なことはせず、ただ普通の頑張り屋の母であること、その一点さえ見失わなければいい。そこに私自身も日々実感している働く親としての喜びや葛藤を、そのまま夏希に重ねていきました」
仕事が思うようにいかない日もある。けれど、帰宅して玄関のドアを開けた瞬間から母親としての自分に戻る。その切り替えは、意識というより“覚悟”に近いと北川さん。
「子どもを持ってから、余計な心配や苦労はかけたくないという気持ちが強くなりました。家では仕事の話を一切せず、100%母でいたい。子どもたちは、私が台本を読む姿を見たことがないはず」
家庭は夫と二人三脚。一人で背負わず、互いに支え合う。その日常の延長線上で生まれたのが、夏希が勤務先のスナックでロックナンバーをシャウトするシーンだ。
「振り返ると、あのシーンが一番難しかったかもしれません。限られた時間の中でも、集中して練習した成果が出ているとうれしいです。撮影前に、共演者のSUPER BEAVERの渋谷さんに相談すると、『違う畑の人がやるからこその魅力がある。自信を持って魂をぶつけてください!』と背中を押してくださって。うまく見せる必要はない、自分のままにやってみようと心がほどけました」
かつては、バリキャリ役や完璧なイメージに縛られる時期もあった。転機が訪れたのは、第一子を出産後。母親役のオファーが増え、表現の幅は劇的に広がった。
「私にとって、ずっと変わらないほうが恐怖。俳優という仕事は、時代や年齢に合わせて変化していかなければ淘汰されます。驚かれるような役に挑むことこそが醍醐味であり、生きている実感につながる。今は、新しいことに出合えることが、ただ純粋にうれしいんです」
『ナイトフラワー』
『ミッドナイトスワン』の内田英治監督が自ら原案・脚本を手がけたヒューマンサスペンス。困窮した生活を送る二児の母親が、夜の街でドラッグの密売現場に遭遇し、自らも売人になることを決意する。
11月28日(金)より、東京・新宿ピカデリーほか全国公開。
『クロワッサン』1154号より
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