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【承香院さんの五感で楽しむ平安ガイドvol.6】貴族たちも興じたという蹴鞠の楽しさ

平安時代の装束を身にまとい、歌会や花見といった当時の暮らしぶりを実践する姿をSNSで発信し、話題となっている承香院さん。五感で楽しむ平安の暮らしを熱心に探索する承香院さんの連載、第六回目は当時貴族の間でも人気のあった遊戯・蹴鞠について教えてもらった。

撮影・青木和義 構成&文・中條裕子 

貴族たちの間でも盛んだった蹴鞠のおもしろさ

蹴鞠はおよそ1400年前、飛鳥・奈良時代に中国より伝わったとされる球技。平安時代には遊戯として楽しむ貴族も多く、かなり盛んだったという。かの『源氏物語』でも一大事件の発端となる大切な場面で、蹴鞠に興じる若き貴族たちの姿が描かれている。でも実際に、鞠はどんな形状で、どうやって競ったのだろうか?

鹿の皮でできた鞠を何回か続けて蹴り上げたら、次の人にうまくつなげるというのが蹴鞠の基本的な遊び方
鹿の皮でできた鞠を何回か続けて蹴り上げたら、次の人にうまくつなげるというのが蹴鞠の基本的な遊び方

「鞠は鹿の皮で作られていて、蹴ってへこんでもすぐに形が戻るようになっています。原理は紙風船と一緒です。フォーマルな行事では人数が様式化されていますが、私はカジュアルに4、5人で集まって蹴鞠をしています。普通にわいわい楽しいんですよ」

どんなところがいちばんおもしろいのでしょうか? と問うと、

「意外とうまくいかないことですね」

と意外な答え。この競技は、サッカーでいうところのリフティングのように、足で蹴り上げた球を落とさずに相手につなげ、できるだけ続けるのが基本。つなげなかった人がミスをしたことになる。

確かに、サッカーのリフティングは相当な技術がないと続かない、という印象が……。いずれ球を取り合ったりするものではない、というのはなんだか競技としてゆったりとしている。

蹴り心地も抜群の鞠は鹿皮を縫い合わせたもの

「あと、この鞠は蹴り心地がすごくいいんです。鹿皮は今でも高級バッグに使われる素材なのですが、あたったときのポンという感触が心地よくて。鞠はパンパンに張っているわけではないので、革の靴を履いて蹴ることもあれば、木の靴のことも。サンダルみたいなものでも大丈夫です」


鹿皮でできた鞠は中が空洞で手のひらにのせても軽やか。へこんでもすぐにまた形が戻るのが、紙風船のよう
鹿皮でできた鞠は中が空洞で手のひらにのせても軽やか。へこんでもすぐにまた形が戻るのが、紙風船のよう

こちらの写真の鞠は、なめした鹿の皮を使って特別に作ってもらったものだそう。


「2枚の円形の鹿皮をジグザグに縫い合わせています。縫い合わせたら鹿の皮の中にまず大麦をパンパンに詰めて放置しておく。そのまま乾かして丸く型をつけるんです。そこにニカワを塗って、形が丸くなるようにしてから中の麦を捨て、縫い合わせると鞠ができあがります」

柔らかな鹿皮に空気がゆるく含まれていて、確かに蹴り心地がよさそうですね。

「当たると、ポンというすごくいい音がするんです。けれど、ちゃんと蹴ることができないと、ちょっと軽いスカッとした音になってしまいます」

シンプルな作りでありながら、蹴り心地のよい鞠。足に当たる感触は優しいが、続けて高く蹴り上げるのは意外とコツが要る
シンプルな作りでありながら、蹴り心地のよい鞠。足に当たる感触は優しいが、続けて高く蹴り上げるのは意外とコツが要る

数人で集まって鞠を蹴りながら次の人へつなげる、そうした蹴鞠はレクリエーションとしてはもってこいという気がするが、どんなときに行われていたのでしょうか。

「春の蹴鞠の会のように天皇が主宰する行事としても行われていたし、本当に遊びとしてカジュアルにすることもありました。いい気候の時、特に春先にやっていた記録が多く残っています」

蹴鞠のお誘いは、木の枝に鞠や手紙を添えて

蹴鞠が様式化されてからは、枝の種類やどのような場合にどのように鞠を付けるかが決まっているが、平安時代にはカジュアルなスポーツとしての蹴鞠の様子も記録があり、蹴鞠に誘う際には、梅や松の枝に鞠や文を結びつけて相手に届けていたようだ。単に「蹴鞠やりましょう」という言葉だけよりも、こんないい季節になったことだし、といった気持ちも一緒に届けたいということなのかもしれない。

「平安時代には、物のやり取りの際に『どんな趣向を凝らすか?』ということも大切でした。梅や松などの枝を手折って、そこに紐で鞠を縛ってつけ、手紙も添えて渡したり。いつもちょっと気障っぽいことをするんです、彼らは(笑)。今だったらラインで『やらない?』というのにスタンプを付けるようなものかと」

蹴鞠の誘いをする際には、梅や松などの枝に手紙を結び、鞠を紐でつけて相手へ届けていたのだという
蹴鞠の誘いをする際には、梅や松などの枝に手紙を結び、鞠を紐でつけて相手へ届けていたのだという

「広大な敷地の家などでは同じ屋敷内にいる人を誘うときにも、こうして木の枝に鞠と手紙を添えて童に持たせたこともあっただろうと考えています。プレゼントなどもそうですが、彼らはすぐにポキッと木の枝を折るんです。そこに和歌を書いた紙を結んだり、香の袋を添えたり。ちょっと気障ですよね」と、承香院さん。

ただ鞠そのものを届けるのではなく、手紙や季節のひと枝などを添えるのが平安貴族の流儀
ただ鞠そのものを届けるのではなく、手紙や季節のひと枝などを添えるのが平安貴族の流儀

絵巻に描かれたさまざまな服装で楽しむ蹴鞠

季節の行事としても行われていた蹴鞠の様子は、宮中や公家の年間の儀式や祭事を描いた平安時代末期の絵巻である『年中行事絵巻』でも見ることができる。

「絵巻を見ると、蹴鞠をしている人たちはいろいろな服装をしています。烏帽子をつけて直衣を着た偉い人もいれば、少しカジュアルな狩衣姿の人やお坊さんもいる。同じ場面には、準備をしている人や女の人もいて、その横で手紙を読んでいる男の人も描かれているんです」

そして、絵巻の中の鞠は、一緒に描かれている木と比べても、かなりの高さまで上がっているように見える。ポーンポーンといい音を響かせながらひたすら鞠を蹴る、なんて想像するだけで心身ともリフレッシュできそうだ。

「けっこうハードなスポーツなので、春先の気候がよくなってきた頃などに行われていました」
「けっこうハードなスポーツなので、春先の気候がよくなってきた頃などに行われていました」

「『年中行事絵巻』で描かれている蹴鞠を見ていると、貴族の邸宅の庭で行われる、ほのぼのした春のワンシーンみたいな感じかと。私はこの蹴鞠のシーンを再現したくて、いつもチャレンジしています。本当は〈懸(かかり)の木〉と呼ばれるコートの目印となる木があるとよいのですが、ちょうどよいものがないことも多いので、気にせずにカジュアルに楽しんでいます」

たとえ暑さ寒さの厳しい時期であっても、気候もそろそろよくなってきたことだし蹴鞠でも……そんな誘いがあったらどんなに気分も高まるだろうか、と想像するのもまた楽しいもの。

  • 承香院 さん (じょうこういん)

    平安文化実践研究家(主に装束)

    平安時代の装束や文化を実践しながら独自に研究を重ね、SNSで発信。その集大成である『あたらしい平安文化の教科書』、『王朝の実像9「装束~平安貴族の衣の復元~」』が刊行された。

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