海外文学にハマると、思わぬ自分に出会えるーー金原瑞人 × 頭木弘樹 対談
撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
頭木 金原さんも『変身』の対訳本を出されてますよね。今、ウェブ上で『変身』を新訳しながらじっくり読んでいくという連載(下の画像)をしているんです。『変身』はすっと読めてしまう一方で、ゆっくり読むと見えてくるものがすごく多い作品なんですよ。
金原 『変身』以降はどんな作品を読んできたんですか?
頭木 カフカ全集を読んでいました。カフカの日記や手紙も本当に面白くて、何度も読み返しましたね。その後は、カフカが「自分と血が繋がっているようだ」と言っているドストエフスキー。
金原 『カラマーゾフの兄弟』とか?
頭木 はい。『カラマーゾフの兄弟』ってすごく読みにくいと言われていて、確かに元気な時に読むと読みづらいんですが、入院中のすごく悩んでいた時に読んだらすらすら読めたんです。悩んでいる時の頭の中のぐるぐるした状態に、ドストエフスキーのぐるぐるした文体がぴったりマッチして。僕だけじゃなく、病室の僕の向かいにいた男性に貸したら、その人もハマったんですよ。6人部屋だったんですが、最終的には6人全員がドストエフスキーを読んでいた時期がありました。みんな本を読む習慣なんてなかったのに。
金原 6人部屋の全員が読んでるってすごい光景ですね。芝居になりそう。
頭木 後にその中の一人から「あの時ドストエフスキーを読んでよかった」というお礼の手紙までもらいました。つらい時に読む本を紹介しようと思った原点は、この時の体験なんです。
新しい本に出合う時は、本屋やアンソロジーなどが頼り
頭木 僕は、20歳以降はいろんな本を読んでいるんですが、それまでの読書体験がないので、金原さんがたくさん翻訳されているヤングアダルトものをすっ飛ばしてしまっているんです。そのうち読みたいですね。
金原 ヤングアダルト(YA)は僕が大学を出た頃、1980年代には英米でかなり出ていて、面白いと思った作品を翻訳するようになっていきました。ほかにもネイティブアメリカンの新しい作家やメキシコ系アメリカ人の作品などをよく読んで訳してましたね。同じ頃、LGBTQを扱ったYAの作品も出始めて、それも訳してました。たぶん新しいもの好きなんです。
頭木 そういう作品はどこで見つけてくるんですか?
金原 昔は英語圏の大きな書店に行っては大体3日間、朝から晩までいて、面白そうな本を段ボール3箱分くらい買って日本に送ってました。今は出版社から依頼されることも多いですが。でも、今も新しい小説に出合いたい時は本屋さんに行きますよ。英語圏の小説だけでなく、それ以外の国のものも日本のものも、何でも読むので。今はネットでも探せるけど、本屋に行くと全く知らない本に出合える。僕にとっては刺激的な場所ですね。頭木さんは最近どんな本を読んでいるんですか?
頭木 僕はもっぱら古典を探っています。何百年も読み継がれてきて、いつの時代も必要とされてきたものに興味があるんです。何を読むか迷ったら、好きな作家が褒めている作家のものを読んでみます。もう一つ頼りにしているのはアンソロジーです。アンソロジーでいろんな作家の作品を知ることができたのはすごく助かりました。
金原 これまでに読んで面白かったアンソロジーは?
頭木 筒井康隆さんの『実験小説名作選』はさまざまなジャンルのものがミックスされていて面白かったし、児童文学評論家の赤木かん子さんのアンソロジーも夢中になって読みました。
金原 頭木さんも『絶望図書館』などのアンソロジーを出していますよね。
頭木 僕がアンソロジーに助けられたので、恩返しという思いもあるんです。
海外文学にハマると、思わぬ自分にも出会える
頭木 僕にとって文学は苦しい時の支え、命綱みたいなもの。順調に生きている時は必要ないかもしれないけど、日頃から親しんでおけば、いざという時に本当に助けになると思います。
金原 僕は「文学ってすごい」というよりは、単純に面白くて仕方ない本を読んだり訳したりしてきました。いい本、面白い本に出合うことがなくなったらきっと寂しいだろうなと思うんです。本っていうのは僕にとってはそういう存在だという気がします。
頭木 海外文学は前提となる文化が違うから分かりづらいという人もいますが、日本のものしか読まないというのはもったいないと思うんです。違いを分かりづらいと捉えると読みにくいかもしれないけれど、違えば違うほど面白いと捉えるとすごく魅力的ですよね。
金原 海外文学にハマると「自分はこういうものも好きなんだ」と、今まで知らなかった自分も発見できて、いい刺激になるのでおすすめです。逆に海外文学しか読まない人も、たまには日本文学を読んでみてほしいですね。
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