無名の刺し手たちに思いを馳せる、津軽こぎん刺しの美に触れる青森への旅。
撮影・徳永 彩(KiKi inc.) 文・黒澤 彩
150年前の無名の刺し手たちに思いを馳せる。
津軽の女はじょっぱり(強情っぱり)といわれるそうだけれど、それは明るさと芯の強さを表していると思う。津軽あかつきの会の女性たちしかり、ここにあるこぎん刺しの作り手の、名も知れぬ誰かも。
「ゆめみるこぎん館」には、石田舞子さんの祖母・昭子さんが収集した明治期頃のこぎん刺しが展示されている。
「祖母は幼少期に古作こぎんと出合ってその美しさに感動し、昭和30年代に各家庭を訪ね歩いて、眠っていた古いものを集めました」と石田さん。
津軽こぎん刺しは、江戸時代に農村の女性たちが生み出した刺し子の技法。当時の農民たちは主に麻の平織りの着物しか着られず、少しでも暖かく、頑丈にするために麻の糸で、のちに木綿の糸で刺し子を施したのが始まりとされる。
「ただ補強するのではなくて、好きな模様を考えて、楽しみながら刺したことがうかがえます。野良仕事に炊事に、農村の女性たちの生活は楽ではなかったはずですが、厳しい暮らしのなかでも、美しいものを作る喜びを見出していたのではないでしょうか」
〈モドコ〉という菱形模様が基本の要素となり、それを組み合わせて複雑な図案をデザインしていく。津軽の中でも地域によって「西こぎん」「東こぎん」「三縞こぎん」と、それぞれに特徴が異なるのだが、個々がオリジナリティを発揮する余地もあったようだ。下絵はなく、生地の織り目を数えながらフリーハンドで刺すといい、技術の高さに驚くばかり。
女の子は5、6歳にもなれば針仕事を習い始め、年月をかけて仕上げた大作は嫁入り道具でもあったそう。古作こぎんには当時の女性の一生が詰まっている。
「布自体が大変貴重だったので、晴れ着として仕立てたものを汚れてきたら袖を付け替えて野良着にし、継ぎ当てをしたり染め直したりして大切に着ました。“ぼろ”の文化ですよね。古作こぎんは民藝品として価値があるだけではなく、昔の暮らしを伝えてくれるものなのです」
ゆめみるこぎん館
祖母の思いを引き継いだ私設展示室。
2021年に石田舞子さんの実家の一部を展示室に。祖母・昭子さんの作品と、収集した希少な古作こぎんを手に取って見られるほか、舞子さんが編集したこぎん刺しの書籍などの資料も豊富。手仕事の奥深さに触れられる。
●青森県弘前市高屋本宮453・1
TEL.090・5194・1278
営業時間:10時~17時
入館料1,000円
※予約制。予約可能日はインスタグラム(maiko.ishita)で確認。
たくさんの刺し手が現代のこぎん刺しを支える。
津軽こぎん刺しは、より身近なものに形を変えて現代に受け継がれている。
「弘前こぎん研究所」は81年の歴史を持つ会社。日常使いできる小物のほか、和装の帯も手がける、こぎん刺しの老舗メーカーだ。
「伝統的な藍と白の色合わせだけではなく、カラフルなものもたくさんありますよ。今の暮らしの中で使って、魅力を知ってもらうことが、伝統を繋ぐうえでも大切だと考えています」とは、社長の千葉弘美さん。
現在は、青森県伝統工芸士の資格を持つスタッフをはじめ、ベテランから若手まで、数十名の刺し手に仕事を委託している。社員は皆、技術を習得済みで、子育て世代の千葉さんもその一人。若い担い手を増やしていくのが、これからの課題だという。
見れば欲しくなる手仕事の小物は、大人のファッションにも手軽に取り入れられる小さめのバッグやポーチ、カードケースなどが人気。自分のために、とっておきの逸品を見繕うひとときが楽しい。
弘前こぎん研究所
こぎん刺し体験を旅の思い出に。
前身の研究所から1962年に社名を変更し、津軽こぎん刺しの普及と制作を手がける。社屋は建築家・前川國男の作として有名で、建築好きにとっても必見のスポット。こぎん刺し体験をした後はコースター2枚分のキットを持ち帰れる。
●青森県弘前市在府町61
TEL.0172・32・0595
営業時間:9時~16時30分 土・日・祝日休
こぎん刺し体験2,000円
『クロワッサン』1116号より