幼い出会いは『源氏物語』のあの名シーン!叫びそうになった『光る君へ』衝撃の1 話を振り返る
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
少女の私たちを夢中にさせた源氏物語
私が平安時代の文化、風俗そして古典文学に興味を持ったきっかけは、子どもの頃に読んだ漫画『あさきゆめみし』(大和和紀)であった。源氏物語がこんなにも面白いのだと知り、図書館で今度は漫画ではない源氏物語の訳本を探して読みふけった。同じく「あさきゆめみし」からそうした道を辿った友達数人と、どの作家の訳本が一番好きかなどを語り合った日々が懐かしい。
少女の私たちを夢中にさせた源氏物語、それを世に送り出した約1000年前の作家・紫式部が今年の大河ドラマ『光る君へ』の主人公である。
私は子どもの頃からの大河ドラマファンでもあって、さまざまな作品に登場した人物に親しみを覚えて本でその人々のことを調べ、博物館の展示で名前を見つけて胸躍らせたりしていた。
今年の大河ドラマをきっかけに、平安時代と古典文学の世界に飛び込む少年少女がひとりでも増えたらいいなと願っている次第だ。
さあ、これから一年どんな物語が繰り広げられるのだろうか。わくわくしながら日曜夜8時、テレビの前に座った。
安倍晴明がユースケ・サンタマリア!
冒頭、陰陽師として天体観測をする安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)。
小説、漫画、映画などの神秘的で妖艶な安倍晴明のイメージとはかけ離れていて一瞬笑いそうになるが、彼が過去大河『麒麟がくる』で、一筋縄ではゆかぬ男、朝倉義景を見事に演じたことを思い出し、笑いをひっこめた。
下瞼が赤いのは夜を徹しての観測や祈祷での寝不足によるものか。そして星を見て凶事の予兆を告げるのである。
幕開け早々に禍々しいが、そもそも平安時代と言っても、ひとが生きている限り、のんびり明るいだけの世などありえないのだ。光り輝くものの足元には、必ず闇がうごめいている。
そんなオープニング。
大河ドラマファンの心は大丈夫
雨漏りが激しい、あばらや一歩手前のヒロインの家。まひろ(落井実結子)が掃除をしながら、父・藤原為時(岸谷五朗)が弟・太郎(湯田幸希)に漢詩漢文の講義をするのを、楽しそうに聴き諳んじている。後の場面、為時の「お前が男であったらよかったのになあ」という言葉と共に『紫式部日記』で読んだやつだ!と見ているこちらも嬉しくなる場面だった。
母・ちやは(国仲涼子)の着物を食べ物に替えねばならない、貧しいゆえに下男下女が逃げ出すまひろの家に比べ、のちの藤原道長……三郎(木村皐誠)の住む館の豪壮なこと。
政界の実力者・藤原兼家(段田安則)、その嫡妻・時姫(三石琴乃)、長男・道隆(井浦新)とその妻・高階貴子(板谷由夏)、次男・道兼(玉置玲央)、娘・詮子(吉田羊)が揃った場も華やかそのものだ。
吉田羊が演じる藤原詮子、入内当時15歳。吉田羊が15歳……大丈夫だ。過去、浅井江6歳を24歳の上野樹里が、源義朝(武者丸)7歳を37歳の玉木宏が演じたのを観てきた大河ドラマファンの心には、さざ波ひとつ立たぬゆえ……これは大河あるあるなのだ。
今回も、物語上ずっとずっと先のためのキャスティングだと納得している。
そして、あさきゆめみし世代は知っているのだ。高貴な女性は年頃になると、父や兄弟であっても顔をはっきり見せたりはしないと。几帳などへだてを作り、扇で顔を隠して会うのだと。藤原兼家邸で入内直前(嫁入り前)の娘が、ガッツリ家族と共に座り談笑するシーンが序盤にあったことで、OK、ドラマですね。現代の映像作品ですものね。という心構えができた。
道兼の暴れぶりが心配に
それはそうと、藤原兼家(段田安則)の練れた政治家ぶりに、ぞくりと背筋が寒くなった。
彼が一族の者たちについて語るとき、どれほどにこやかに、あるいは穏やかにであろうと、「誰がどう役に立つのか」という話しかしていないのである。
「嫡男道隆を穢れなき者にしておくために、泥をかぶる者がおらねばならぬ。そういう時は道兼が役に立つ」
道兼には汚れ仕事を担当させよう、とも聞こえる。
そして、道兼の乱暴狼藉。汚れ仕事を任せられる男……とはいえ、初回で一手に引き受けなくてもいいのよ? と心配してしまうくらいの暴れぶり。父の関心を得たくて、母の愛を自分ひとりに注いでほしくて、それが叶えられず鬱屈した心は弱い者、目下の者への暴力へと向かう。
母として兄弟の仲を取り持とうとする時姫の心痛、察するに余りある。
ところで、史実の道兼がこのように暴力癖があったのか、私は寡聞にして知らない。彼の息子である兼隆、兼綱には物騒な事件を起こした記録が残っているのと(『小右記』)、後に道兼自身が引き起こすある歴史的出来事とを鑑みてのキャラクターかもしれない。
さらに、もうひとりの主人公ともいえる三郎、のちの藤原道長。のんびりやで優しくて。
父・兼家いわく「ぼーっとしてやる気がないが、物事のあらましが見えている」。
トウの一族…つまり藤の一族、藤原家をからかう演目の散楽を、そこが面白いのだと夢中になる彼。自分達が世間からどう見られているのかということを意識する、客観的な視点は、政治家にとって欠かせぬものではないだろうか。
師貞親王のお子様ぶり
これから先、ヒロインが主に活躍することとなる内裏。
気さくだが関白と右大臣の力関係に目配りしている円融天皇(坂東巳之助)、花山天皇となる東宮・師貞親王(伊藤駿太)のクソガキ……いや、お元気ありあまるお子様ぶり。とても綺麗なお顔立ちゆえに、よりインパクトがある。
なにかというとクスクスこそこそ噂話に花を咲かせる女房の皆さんといい、キャラが立ってる御方ばかりではないか。こんなところで、この一所懸命でさっぱりとした気性の詮子が、感受性豊かなまひろがやっていけるのか。いや、やっていくのだと歴史的なことは知っていても、この作品内での彼女たちがどう生きていくのかわからない。早くもおばちゃんは心配で仕方がないのだ。
源氏物語ファンが叫んだシーン!
まひろが飼っていた小鳥を逃がしてしまう。その瞬間に、全国の源氏物語ファンが「伏籠の中に籠めたりつるものを」と思わず叫んだことだろう。
源氏物語での、主人公光源氏とヒロイン若紫(のちの紫の上)との出会いの場面のオマージュだ。そして小鳥に導かれるように、まひろと三郎も出会う。
まひろは嘘をついたと後で謝罪するが、身分低き女性に帝のお手がついて産まれた子という設定は、源氏物語の主人公、光る君そのままだ。幼い頃から物語の作り手として才能の萌芽が見られることに、源氏物語ファンとして喜びを覚えた。
聡明な少女まひろと、のんびりと優しい少年三郎。小さな恋……まだふたりとも、それとは気づいていない、恋。
大人たちのドロドロとした策謀、鬱屈、欲望の渦の中にあって、緑の河原で向き合う幼い二人は、煌めく川面を渡る風のように清々しい。
それなのに、それなのに。
この先長く、ふたりの関係に影を落とすであろう惨劇。
この世の理不尽に直面した瞬間
まひろが「嘘を言うものを重宝している愚か者を馬鹿というのだ」と三郎に講釈した、史記・秦始皇本紀の指鹿為馬(しろくいば・しかをさしてうまとなす)馬鹿にまつわる故事。
現代の罵倒語としての「バカ」とは少し違い、道理に合わぬことを威圧や権力を盾に押し通す意である。
誇り高い父・為時が、鹿を馬だと言う……いや、父だけでなく自分もそう言わされる人間なのだと、まひろがこんな形で思い知るとは。
目の前で起こった悲劇にただ呆然と涙を流していた少女が慟哭したのは、この世の理不尽に直面した瞬間であった。
ここでは妻、母を惨殺されても病死と偽らねばならない為時・まひろ家族と、そうさせる道兼・兼家との権力構造を暗示するように指鹿為馬の故事が出てきたが、いずれそれは三郎──のちの藤原道長が、権力を盾に理不尽を弱き者に強いる人間になる布石ではと考えるのは、穿ちすぎだろうか。
有名なふたりの和歌にも「月」が
まひろと三郎。運命の歯車が回り始めたこの夜に、ふたりが見上げる月。
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜半の月かな(紫式部)
この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば(藤原道長)
歴史上、あまりにも有名なふたりの和歌にも「月」が浮かぶ。
劇的な第1話のしめくくりとして、印象的なラストだった。
次週予告では本役(吉高由里子、柄本佑)が登場する。楽しみだが、小さな俳優さんとの早いお別れが少し寂しい。まひろ役・落井実結子さん、三郎役・木村皐誠さん。おふたりのおかげで、物語の世界に入り込むことができた。熱演に拍手を。
これからドラマの中で生きる紫式部……まひろが、その手で持つ筆に何を託して書くのか。一年間、見守ってゆく。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗、段田安則 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー