西島秀俊×内野聖陽『きのう何食べた?』2が教えてくれた幸せに気づくことの大切さ
文・ぬえ イラスト・本間ちゑ
人生の節目や寿ぎを喜んでくれる人がいる幸せ
ファン待望のseason2、ドラマ『きのう何食べた?』。
原作の第一話連載スタートから実写劇場版まで追いかけてきた、作品大ファンのひとりとして、私も待ってましたという思いである。
オープニング映像。season1では、主人公である同性カップル・シロさん(西島秀俊)とケンジ(内野聖陽)ふたりきりの食事場面だったが、今期は彼らを取り巻く人々との日々をスマホで撮影した風になっている。前期よりもシロさんの表情が柔らかい。パートナーであるケンジ、そして周囲との関わりによって、彼が変化している表現だろうか。
人が年月を経て、暮らしの中で少しずつ変わっていくということ。それはこの作品の大きな柱であるので、このオープニングは的確、秀逸だ。
スマホ映像は幾つかパターンがあって毎週ほんの少し違い、それも視聴の楽しみの一つとなっている。
ドラマの外、現実世界では空前の食料品値上げラッシュだ。いくらシロさんが倹約家とはいえ、男性ふたり暮らしで月に2万5000円の食費に抑える……しかも毎晩野菜たっぷりの副菜を必ず添えるルールで健康的な自炊生活を送りながらというのは、ほぼ不可能だろう。主人公の家計が今の世の中とあまりにもかけ離れていると、物語の中に入り込みにくいよなと放送が始まる前から心配していた。
なので、1話で早速シロさんが「食費を3万円に値上げさせてくれ」とケンジに申し出たとき、これで腰を据えて観られる!と、変な意味で安心したのである(いや現在の東京でふたり3万円以内も大変ですけどね。凄いですよシロさん)。
しかもシロさんが頼りにしていた激安スーパーの閉店エピソードと絡めた。これにより更に厳しい経済情勢の現実とリンクし、リアリティが生まれている。
ちなみにスーパー閉店は漫画単行本の9巻、食費値上げは11巻である。原作の各エピソードを組み合わせて構築する脚本が、season1から変わらず巧い。
season1から変わらないのは、ケンジの愛すべき面も同じく。彼は独占欲強めのやきもち焼きであるとか太ったor太ってない判定で大騒ぎするとか、そこそこめんどくさい人物だが、私は毎回観ながら「ケンジ……!君はなんていいやつなんだ!」と感嘆の声をあげている。
2話、高校生の時からずっと髪を切っていた常連さんの結納のお式があるので、どうしてもヘアセットをやってあげたいというケンジ。シロさんと一緒の休日を返上しての仕事だ。そして美容師として見守ってきた彼女の青春時代を振り返り、万感の思いで涙を浮かべるのだ。
肉親でなくとも人生の節目や寿ぎを喜んでくれる人がいるというのは幸せなことだと、ケンジによって改めて気づかされた。この回で佳代子さん(田中美佐子)の孫の成長にシロさんと一緒に驚くのだが、史朗の一字を取って名付けられた子……悟朗、この子にとってシロさんがそうした存在になってゆくのではないか。
パーティーもいいけど、こうしているのが一番幸せ
season1、劇場版を経て、シロさんとケンジの周り……職場の人々にも変化が訪れている。
シロさん勤務の弁護士事務所ではボス・上町(高泉淳子)が引退を意識して顧客の引継ぎなどを始め、ケンジの同僚・田渕君(坂東龍汰)はまた彼女と別れた。
そう。4話、田渕君の彼女。料理がビミョーに下手な千波(朝倉あき)はまさに原作から抜け出てきたようだ。何事も几帳面で、悪くいえば融通がきかなさそう。そしてそういった自分をもどかしく、歯がゆく感じているという千波を、朝倉あきが所作、挙動、表情で見事に表現していた。田渕君が自由な分、不器用で、彼を喜ばせてあげられない自分を思い知らされて悲しくなる……。
「私の料理の時は、こんなに色々料理の感想言えなかったもんね。ビミョーにまずいから。ごめんね」
ドラマオリジナルの小さな台詞、場面が効果的で、せつなくも嬉しくなる。
ドラマオリジナルの小さな場面、台詞が効いているといえば。
3話でハロウィンパーティー後、自室のソファでくつろぎながらワタル君(磯村勇斗)が「パーティーもいいけど、こうしているのが一番幸せ」と言い、恋人からその言葉を聞ける幸せをしみじみ噛みしめる小日向さん(山本耕史)。原作にない短いこの場面を加えることにより、それまでコロナ禍後久しぶりの集まりとコスプレしたワタル君で浮かれに浮かれていた小日向さんが、ただのマッチョな変人ではないことが伝わる。
そして極めつけは5話、シロさんの元カレ・ノブさん(及川光博※この役がハマり過ぎだ)の「昼飯まだ?唐揚げ作ってくれるって言ったろ?」洗濯機の排水口詰まりの処理に汗を流すシロさんを見てもなお「俺、唐揚げ食いたいんだけど」。
たった一言のオリジナル台詞だが、
えっ……休みの日とはいえ、昼食に手間のかかる揚げ物……?と、自分が作るわけでもないのに動揺した。
確かにシロさんは普段から、休みの日にパートナーの好物を作って喜ぶ顔を見るのが大好きだ。そういうことに手は惜しまない。2話のバターチキンカレーと手作りナンでも、それがわかる。しかし、作らせて当然という態度の相手に料理をふるまっても、心からの喜びはないだろう。
さらにノブさんはシロさんに断りなく調理予定の食材を使ったうえ、唐揚げを作ったあとの調理道具と食器、洗い物すべてそのまま。「俺、もう腹いっぱいだから飯いらないわ」。
シロさんの分の夕食は作っていないし、仕事で疲れて帰宅した彼に自分の調理の後片付けをさせるのは当然だと思っている。こんなにも同居人をないがしろにするふるまいがあろうか。演者が西島秀俊と及川光博、他の作品なら血の雨が降るであろう。それくらい酷い所業だ。
シロさんと共に「くそっノブヒコ!!!」となった怒りは、ケンジによって慰撫される。
食材を勝手に使ったことを詫び、シロさんは仕事帰りで疲れている、唐揚げは手間がかかる料理だと慮る彼に。
ケンジはきっと、トイレットペーパーがあと一周分となったら新しいロールに交換しておく人なんだろうな、冷蔵庫のお茶のボトルが残り少なければ飲み切って次を作っておいてくれるんだろうな……と想像しながら、シロさんと一緒に泣いた。
人と人とが暮らしていく上で大切なのは、自分一人でも生活を回してゆける家事能力と相手への慈しみだということを、ケンジが教えてくれる。
「そうか、俺……いま幸せなんだ」。そう気づくこともまた大切なのだと、シロさんが教えてくれる。
物語はまだ中盤、折り返し地点。
これからも毎週金曜の夜に、シロさん、ケンジと一緒に幸せを噛みしめるのだ。
*レビュー後編は最終回の翌週掲載予定です。
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【ドラマ24】『きのう何食べた?』season2
公式ホームページ
原作:よしながふみ(講談社)
脚本:安達奈緒子
監督:中江和仁、松本佳奈、平田大輔
出演:西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗 他
チーフプロデューサー:祖父江里奈
主題歌:大橋トリオ『カラタチの夢』(OPテーマ)、Bialystocks『幸せのまわり道』(EDテーマ)