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【紫原明子のお悩み相談】妻が別居したいと言いますが、理由が納得できません。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は妻から別居を言い出された夫からの相談です。

<お悩み>
家庭の問題です。
私は一昨年までプロのミュージシャンとして仕事をしておりました。昨年に入り仕事が激減した為、悩んだ挙げ句、清掃会社で契約社員として働く道を選びました。住まいは、妻の実家の隣駅にマンションを買い親子3人で暮らしています。
11月になり、妻が自分の仕事と舞台活動の為、子供を連れて実家へ帰ると言い出しました。舞台活動の間など実家の両親に子供の世話を援助してもらえる等、他にもいろいろと理由付けしてきます。
今まで、何かと子供のためと言われ続け妻の思い通りに従ってきましたが、妻の舞台活動のために別居したいというのが納得いきません。
私にも今まで非になる行動はたくさんあったかと思いますし、稼ぎが少ないのも認めます。しかし、子供のためと思うなら、両親が揃っての生活が一番ではないかと思っています。しかも、住むところもあり、衣食住には困らない状態です。
話し合いをしても平行線で、結局のところ、妻が実家または実家の近くに住みたいという事が分かりました。賃貸は嫌とのことで、実家の近くに住むなら住居を購入するしかありません。 今のマンションは持ち家なので、家賃もかからず、とても恵まれた環境ではないかと思っています。
この環境を捨て、家族が別居状態となったとしても実家へ帰りたい、私には理解できません。何か私が気付いてない点などございましたら教えていただきたく思います。よろしくお願いいたします。 (相談者:ソメチュウ/男性/以前はプロミュージシャンとして活動していましたが、現在は清掃会社で働いている40代の契約社員です。今年度に小学生になる子供が一人います。妻は大学の講師をしながら舞台の仕事(実際には稼ぎにはならない)をしています。)

紫原明子さんの回答

ソメチュウさん、こんにちは。
それは大変なことになってしまいましたね。ご心労、お察しします。
お手紙を拝見していて、一つだけ疑問に思うことがありました。それは、なぜ、新しい家にソメチュウさんが付いていくという選択肢がないのか、ということです。隣駅なら通勤にも支障ないと思うんですが、ソメチュウさんだけが今の家に残らなければならない事情があるのでしょうか?

お手紙の中でソメチュウさんは「自分にも非がある」と書かれていていますね。もし本当に、便宜上都合が良いから別居する、というだけの話であれば、自分に非がある、というような話はここに出て来ないはずです。このことからも、やはりこの別居には“便宜上”という以外にも理由があること、さらに、それが少なからず妻と自分との関係に起因しているということを、ソメチュウさんもきっと、本心では分かっていらっしゃるのでしょう。

どちらが正しい、どちらが良いという話は全く抜きにして、お手紙から察する限り、奥さんは今、ソメチュウさんと一緒に暮らしたくないと思っていらっしゃるのだと思います。まず、このことをはっきりさせておかなければ話を進めることができません。そしてソメチュウさんもきっと、認めたくないけれどもそのことを分かっていらっしゃる。けれども、お子さんのために両親が揃って住むべきだ、と考えていらっしゃるんですね。

多くの場合、夫婦というのはもともと気持ちで結ばれているはずなのですが、同じ戸籍に入って、親になって、と社会的立場を伴うようになるにつれ、だんだんと気持ちは二の次に押しやられてしまいます。大人だから、責任があるから、気持ちなんて二の次にして当然、というような空気が、世間にはたしかにあります。けれども一方で、私達は機械ではないので、気持ちを完全に無にするというのはそう簡単なことではありません。

そのことはきっと、他ならぬソメチュウさんも痛いほど実感されているのではないでしょうか。プロのミュージシャンとしてお仕事を続けてこられたこれまでを手放し、契約社員としての道を選ばれたとのこと。その決断がどんなものだったかはわかりません。けれども恐らく、全く迷いのないものではなかったでしょう。簡単には割り切れないご自身の気持ちを、大人だから、責任があるからと、ぐっと飲み込まれたのではないでしょうか。

そんな中で、プロフィールによれば“実際には稼ぎにはならない”という奥様の舞台活動のために大きな生活スタイルの変更を要請されれば、たしかに、納得いかないと感じるかもしれません。ずるい、という気持ちが芽生えることがあったかもしれません。

けれども、だからこそここでぜひソメチュウさんにも、一度しっかりとご自身のお気持ちと向き合ってみてほしいと思うのです。「家族が一緒の方がいいに決まっている」というのはソメチュウさんの気持ちではなく、ソメチュウさんの認識の中にある社会通念です。その、もうひとつ後ろにある、ソメチュウさんの本心が何と言っているかに、しっかり耳を澄ませてみていただきたいのです。

別居したくない、家族と一緒に住みたい、と言っていますか? だとしたらそれはなぜでしょうか。家族と一緒にいると幸せだからですか? 家族と一緒にいると安心するからですか? 家族と一緒にいると孤独が紛れますか?

残念ながら男の人には、社会の中で寂しさや不安を受け止められる機会があまりないので、それらを持っていておかしくないものと認めることが、最初はなかなか難しいかもしれません。
でも、おかしくないものなのです。誰かと一緒にいたい、一人では不安、一人では孤独、そう思ったって当然なのです。だから、まずそう思って良いのだと、自分を許しましょう。では次に、寂しさを紛らわすために一緒にいる相手が、奥さんでなければならない理由はどこにあるのでしょうか。奥さんのどんなところを愛していますか? 奥さんと一緒にいるとき、ソメチュウさんはどんな気持ちになりますか? 奥さんと一緒にいるとき、ソメチュウさんは幸せですか? だから別居したくないと思うのでしょうか。
それとも、別居したくない、という気持ちになる理由が、ほかにもあるのでしょうか。

仮にもし、もしです。“自分がこれまで散々「気持ち」を二の次にしてきたのだから、妻にも同じように「気持ち」を二の次にしてほしい、そうでなければ我慢できない、不平等だ”、という気持ちで別居に納得がいかないということであれば、奥さんが現在の恵まれた生活を手放し、ソメチュウさんと離れて暮らしたいと望む理由もまた、奇しくもそれとかなり近いところにあるのかもしれない、という気がします。

私の憶測に過ぎないけれども、奥さんはソメチュウさんよりも気持ちを大事にされたいのだろうと思うのです。そしてその気持ちというのは、自分がどう思っているかという自己完結なものではなくて、自分の気持ちと相手の気持ちが気持ちよく絡み合うこと、つまるところ愛のある生活を、大事にされたいのだろうと思います。

誤解のないように言うと、「だから奥さんが別居したいと思うのは当然」とか、「ソメチュウさんが悪い」ということを言いたいわけではないのです。そしてソメチュウさんがこうだと言い切ることはできませんが、多くの夫婦は、特に子を持ち、親になったあとで、互いに責任を果たそうと奮闘しているうちに、どちらがより多く我慢した、どちらがより多く献身した、そんな我慢比べ状態に陥りがちです。その中で徐々に不満が蓄積し、放っておけばそれが恨みとなって、復讐のためにも相手からいかに多く自由を奪うか、相手を苦しめるかと考えるようになってしまうのです。

実を言うと、私もかつてそうでした。でも、憎む途中で何度も頭をよぎるのです。「どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……」と。
最初は愛し合っていたはずなのに、より幸せになるために結婚したはずなのに。どうしてこんなに、優しくなれなくなってしまうのか。もしその当時私に潤沢な経済力があったら、そんなどうしようもなくなった関係性をリセットして、可能であれば修復を試みるためにも、一度離れて暮らすことを自分から提案するかもしれないと思いました。

ソメチュウさんは、今とても混乱されているかと思いますが、ぜひこの機会にご自身の気持ちと、奥さんの気持ち。そして愛し合うということがそもそもどういうことだったか、かつてどういう愛が自分たちを幸せにしていたのか、ぜひあらためて考えてみてください。
責任を果たし続けながらも互いの気持ちを無視しない、というのは決して簡単なことではありません。でも、そんな難解なプロジェクトにともに取り組むためにこそ、夫婦になられたのではないでしょうか。

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イラスト:わかる
イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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